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第1話・序章

 野崎晃(のざきあきら)、二十二歳、職業・調理師……だが、現在無職。  先日、晴れて調理師免許が取れた俺は、親戚の叔父さんが経営する洋食レストランで修業させてもらえることが決まってた。  だが、商店街で大規模な火事があり、巻き添えをくったレストランは全焼。おまけに逃げるのに手間取った叔父さんは、大火傷と大怪我を負って入院。命に別状は無いし、保険が下りたから不幸中の幸いなんだが、店を立て直すまで、俺は無職なのである。  就職するのが、何ヶ月先になるかはわからない。それまでブラブラしているわけにもいかず、俺は職探しに出かけた。資格はあるけど未経験、しかも働けるのはいつまでかわからない――そんな俺を雇ってくれる所はなかなか無く、途方にくれて駅に戻ってきた。  改札口の隣、掲示板がある。出たときは視界に入らないから気がつかなかった。よく見ると、地域のイベントのお知らせに紛れて、アルバイト募集の紙がある。しかも、何枚も重ねて画鋲で貼りつけている。変わった募集方法だな。きれいな字だけど、手書きだ。同じ内容を何枚も書いたのか。 『急募、蔵の古書を整理するアルバイト。期間は未定』  その下に住所と地図があり、家の場所に『弥勒院家』と書いてあるんだが田舎だ。この町も大都会ってわけじゃないけど、ここから電車とバスを乗り継いで一時間以上かかるかな。  その下には、応募者の住所や名前、年齢などを書く欄。  その下には詳細がある。 “年齢不問ですが、都合により健康な男性のみとさせていただきます。  下着の着替えのみお持ちください。それ以外の私物は持ちこみ禁止です。  重要物を扱っているため、外部との接触は断っていただきます。秘密厳守。  終了時に報酬をお支払いします。三食おやつ、宿泊設備は完備。衣類は無料で貸与。勤務時間は一日六時間半程度。自由時間に暇をつぶせる娯楽もあります”  一番下には電話番号と、“弥勒院方 毒島(ぶすじま)”  毒の島と書いて“ぶすじま”。なんと怖い名字だろう。アルバイトの内容も謎だらけだし、なんとなく怪しい。きっと毒島って人は、眼帯してて手が鉤爪で、肩にカラスでも乗せているんじゃないか――そんなファンタジーなことを考えてしまった。  そのとき後ろから手が伸びてきて、ビリッ、とチラシを一枚奪った。やたら背の高い眼鏡男だ。いかにも頭良さそうで、服装だってシャツにベストなんていう真面目くさった感じで、どこかのエリート大学生かなって思ってしまう。  その真面目そうな眼鏡男は食い入るようにチラシを見た後、足早に物陰に隠れ、電話をかけた。きっと申し込むんだな。  眼鏡男はしばらく話した後、電話なのに何度もペコペコお辞儀をして、通話を切ると去って行った。  もう一度掲示板を見る。チラシは残り三枚。このチラシが無くなると募集終了なのか。とにかく、少しの間だけでも収入があればいい。俺は慌ててチラシをちぎる。あいつと同じように、物陰に隠れて電話をしてみた。 《はい、弥勒院でございます》  出た! 弥勒院さんって人だな。…いや、応募は“弥勒院方 毒島”だから、これが肩にカラスを乗せた毒島さんか。かなりおじいちゃんっぽい声だぞ。 「あ、あの、アルバイト募集のチラシを見まして。応募したいんですが」 《はい、ありがとうございます。お名前をどうぞ》 「野崎晃です。野原の“野”に長崎の“崎”――」  名前を書きとめているのか、数秒間沈黙する。その後は年齢を聞かれ、数日間は帰れないが大丈夫かと尋ねられた。 「はい、大丈夫です。しばらく仕事もありませんので」 《持病をお持ちではございませんか?》 「至って健康です」  その後は、しばらく連絡も断ってもらうから、家族にだけはこの連絡先を伝えておくようにと言われた。そして募集要項の秘密厳守と、一切の私物持ちこみ禁止を守るようにと念を押された。  二週間後、俺は弥勒院家で謎のアルバイトをすることになった。

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