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炎狼の花嫁6

 メイスが二弦の馬頭琴を奏で、エミリアがそれに合わせて陽気に歌い、踊る。昔から宴や祭になるとよく披露された曲なのだという。ユイスとレイスにとっては、7年ぶりになる故郷の唄だ。  しかし涙すら浮かべて感極まっているユイスとは対照的に、レイスは眉間にしわを寄せ、口元をへの字に曲げて、ずっと俯いたままだった。  結局誓いを立てたあと、エミリアが不服を言い立てる中、化粧は拭い落とし、花嫁衣装は脱ぎ捨てられた。今はすっかりいつもの姿に戻って普通の宴会となっている。  ただ、それでもレイスは顔は上げなかった。 「別にもう顔を隠す必要はないんじゃないか?」  尋ねると、うとましげに睨みつけられた。  流れてくる感情はヴァルディースに対する怒り、恨み。とはいえ、それはいつものことだ。他には疲労と、よくわからないが申し訳なさのようなものがある。  ヴァルディースは首を傾げた。同時にレイスもため息をこぼし、項垂れた。 「エミリアもメイスも、お前に笑ってほしいらしい。イオスとイルムも祝いに駆けつけてきてくれた。そろそろ応えてやればいい」  酒を注ごうと酒器を傾ける。それを横から突然レイスに奪われた。一気に杯を呷って顔を覆い、再びうつ伏せにうなだれる。 「それができないから、顔なんかあげられるわけないんだろうが」  悔し気に顔をゆがめる。酔えるわけでもないのに盃を呷ったのは、そのふりをするためなのだということにヴァルディースも気づいた。 「姉貴が馬鹿なこと始めたのも、原因はわかってたから我慢したさ。けど無理なんだ。どうしたって、笑えっこない」  悔しいと、嘆く心がヴァルディースに聞こえた。申し訳ないとも。祝福されて恥ずかしさはあれ、うれしくないわけがない。ただ、どうしてもそれを表すことができない。そこに安らぎや喜びを感じることが、レイスにはまだ難しい。  作り笑いくらいをしてやることは、レイスにもできるだろう。しかしそれをもっとも信頼するべき家族に向けられるほど、レイスは器用ではなかった。 「さっき、兄貴が言ってた。まるで昔みたいだ、って。それで思い知った。昔と同じになんかなれるわけがない」  ヴァルディースの記憶の中にある、子供のころのレイスも、無邪気に笑っていた。ガルグ時代を知らないメイスやエミリアにしてみれば、違和感というか寂しさが大きいだろうことは容易に想像がつく。  宴が終わって、エミリアとメイスは悲しむだろう。無理だとわかっていたとはいえ、笑うことができないレイスの姿を目の当たりにしてしまえば、やはり寂しく思うはずだ。それが、レイスにとっても苦しくてつらい。  エミリアの賑やかさに対して、反抗し、いらだつことはできても、ふとした瞬間に我に返ってしまう。昔とは違うということを思い知らされる。その違和感が、レイスの心を解きほぐすための大きな障害になっている。 「けどな、レイ」  ヴァルディースはレイスの顔を持ち上げた。その視界の先で、エミリアに手を取られ、ユイスが足をもつれさせながら踊り始めた。そこではみんな、心の底から楽しそうに、音楽を奏で、踊り、歌う。 「だからって、何もかもから目を背けるのはお前の悪い癖だ」  レイスの頬をひっぱり目じりをつまんで無理やり笑い顔の形を作ってみせる。 「俺はお前の記憶でしか、昔のことを知らない。だが、だからこそわかる。メイスとエミリアの表情はお前の記憶にある姿と変わらないぞ。お前が自分で自分を勝手にのけ者にしてるだけだ」  メイスたちがレイスの顔に気づいて腹を抱えて笑い出す。ユイスもメイスもエミリアも。メイスが手招きする。ヴァルディースはレイスの手を引き、立ち上がった。 「笑えないなら笑えるようにしてやる。俺も、お前が笑ってるところは、この目でまだ見たことはないからな」  腰を抱き、音楽に合わせてステップを踏みながら囁く。呆然としたレイスがはっと我に返って顔を朱に染めた。  

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