2 / 2

二人の秘め事

上靴からスニーカーへ履き替えていると、野球部の掛け声が聞こえてきた。外はすっかり夕日に染まっていて眩しい。 放課後の下駄箱はとても混雑する。帰宅部の人達は出来るだけ早く学校を出て行きたいのだろう。僕もその一人だけれど人混みに巻き込まれるのが嫌で、適当に暇を潰した後に此処へやって来る。丁度今ぐらいの時間になると同じ様な考えの人達が玄関にいてとても静かだ。 落ち着いて靴紐を結び終えて、学校を出た途端に感じる春の匂い。胸一杯に吸い込んでは吐き出す。深呼吸をすると少しだけ身体の倦怠感な和らいだ気がした。 高校から家まではかなりの距離があり、登下校だけで一苦労である。だからこうやって帰る前に深呼吸をして気合いを入れ直さなければならい。まずは高校前のバス停まで五分ほど歩く 。此処は緩やかな坂になっていて帰りは上り坂になるのが辛い。そしてバスに乗り込み終点まで向かう。ゆらりゆらりとバスに揺られ、降りた先で今度はそこから十分程歩く。すると住み慣れた青い屋根の家がやっと出てくる。そこが僕の我が家だ。二階建ての至って普通の家。 親にも中学の頃の先生にも「もっと近い高校にしなさい。」と言われていた。だがそれを押し切ってまで僕は私立の男子校に入った。自分の選んだ道なのだから文句は言えない。 スポーツバッグを揺らしながら、緩やかな坂道を上っていく。一人で歩くとどうしても道のりが長く感じられてしまうものだ。誰かと話しながら帰ればあっという間にバス停に着く。生憎、僕に友達と呼べる相手は一人もいない。寂しくないと言ったら嘘になるが、そこまで欲しいかと言われればそうでもなかったりする。 結局一人は楽だ、誰も傷つけないし自分も傷つかない。その代償として退屈になってしまう。それを耐えられる人ほど一人が好きなのではないかと最近思い始めた。 難しい事を考えながら歩き続け、同じ制服を着た学生達並ぶバス停へ到着する。時刻表を確認すれば、あと数分で来る事がわかった。本数が少ない路線でありながらここまで時間が丁度いいと嬉しくなる。酷い時は一時間程立ち尽くす場合もあるのだ。今日はついている、いやついていなかったからこそバスのタイミングだけは救われた。不幸の近くには幸運があり、幸運の近くに不幸が潜んでいる。どちらかだけを手に入れるなんて出来ない。 僕は列の最後尾に並び、ポケットから携帯とイヤホンを取り出した。待ち受けは実家で育てているクラゲの写真。水の中をふわりふわりと泳ぐ姿が愛くるしくて大好きだ。ただこの熱を語ると大抵気持ち悪がられて終わる。だから人には言わない様に心がけている。 バスが来るまでの少しの間、僕はいつも携帯でゲームをして待つ。誰もやっていない様なミニゲーム。ひたすら二足歩行の猫が崖を登っていくゲームだ。簡単そうに見えて中々難しい。新記録を塗り替える為に細々と続けている。残念ながら、周りで同じゲームをしている人を見たことは無い。みんなモンスターで戦う様なゲームをしているみたいだ。どうも戦わせる内容のものは受け付けられずにいる。結局平和が一番だと思ってしまうからだろう。 崖を登っては落ちる。上に進む度に猫の鳴き声がイヤホンから耳へ届く。ただただそれを繰り返す事数分、バスはやって来た。車内はそこまで混んでいない様に見える。この路線を使う人はそこまで多くないのだ。僕は最後に乗り込んだけれど、まだ席に余裕があった。 決まって僕が座るのは一番後ろの列の右端。勿論、今日もそこに腰掛ける。リュックを一度下ろし、前に抱えて座った。ここから始まる長い空白の時間。ゆらりゆらりと揺れながら、終点のバス停を目指す。途中にある駅前のバス停で殆どの人が下りる為、最後は貸切になるのがお決まりだ。何だか特別感があって嬉しい。 窓にもたれ掛かりながら、流れ行く景色を眺める。学校の周りは静かな住宅街、駅に近づいてくるにつれて賑やかになり、また静かな住宅街へ入っていく。僕の家があるのは海のすぐ近くで、地図で見てもかなり端っこの方にあるのだ。遊ぶ様な施設は勿論無い。田舎と言うほど人が少ないわけでもないが、決して都会とは言えない街並み。僕はそんな穏やかな環境が、駅前の喧騒より落ち着く。無駄な刺激も何もかも波の音に消えていくから。 綺麗な海を頭に浮かべながら、船に乗った様な気分でバスに揺られる。一つまた一つでバス停を過ぎていき、街に活気が出てきた。もう少しで駅前に着く。 「なあ、この後ゲーセン行かね?」 「行くならカラオケだろ」 「またカラオケかよ」 何処からか聞こえてきた学生同士の会話。とても若者らしいなと他人事の様に感じる。まるで自分がすっかり大人になった気持ちでいるのかもしれない。背伸びをして必死に上を見ようとしているのだ。どうせ何も見えないし、掴めもしないのに。 昔から人より少し大人びていた僕は、同級生と話が合わなかった。流行りのヒーローも、人気のゲームも全てつまらない。何故みんなは誰も教えてくれないのに友達を作れて、笑顔でいられるのだろうか。幼い頃からずっと不思議だった。特に幼馴染みの奏太を見てそう強く思ったのだ。元気で人懐っこく、いつの間にか人気者になっている奏太。打って変わって無口で誰とも話せず、部屋の隅っこで膝を抱えている僕。正反対で共通の話題もほとんどない。それでも赤ん坊の頃からずっと側にいた。同じ様な環境で育てられた。それなのに僕等はあまりに違いすぎる。まるでお互いに足りない部分を補い合うかの様に。 僕には奏太がいる、友達なんていらない。そんな感情はいつから芽生えたものだったっけ。 結局思い出せないまま、バスは駅前のバス停に着いた。ぞろぞろと揃って人が下りていく。残ったのは僕と、杖を持ったお婆ちゃんとジャージ姿の男性。たった三人しかいないバスに音は無い。さっきいた学生二人組はきっと駅前で下りたのだろう。 ゆらゆらと揺れるバス。静かな車内に心地良い温かさ。流石に眠気は襲ってこなかったが身体の力が抜けていく。窓にもたれ掛かっていて良かった。 ぼんやりとした脳みそで景色を眺めているだけの時間を僕は空白の時間と呼んでいる。真っ白な絵の具に少しずつ沈んでいく感覚がするからだ。学校にいる時は混ざり合った何色とも言えない絵の具を頭からかけられているら様な気がする。あくまで僕の感覚的なもので根拠なんてない。人に共感してほしいとも思わない。寧ろ心の中に入られているみたいで怖いから、誰にも知られてたかった。 ふと、思い出すある人の顔。ひやりと背筋が凍るくらいの恐怖が頭を過る。土足で人の中に踏み込んでは大切にしていた物を片っ端から荒らし、時には盗む。そんな人の顔はいつまで経っても記憶から消去出来ない。 「自分の弱さから逃げてるだけじゃない?」 心臓が強く脈打ち始める。心に深く刻まれたれた言葉が空白の時間を蝕んでいく。 思い出すな、思い出すな。あいつの言葉なんて。 自分に言い聞かせても、一度蘇った過去はそう簡単に背を向けてはくれない。次々と彼に言われた言葉が刃となって降り注いだ。 「本当は分かってるくせに」 「臆病なままでいいと思ってんの?」 「ずっとあいつのお荷物でいいんだ」 言い返す事も出来ない過去の記憶。白髪の悪魔がこっちを向いて笑っている。耳にはぎらりと光るピアス、八重歯を見せて口角を吊り上げる表情が僕をさらに追い込む。 もう限界だと思ったその瞬間、携帯が震えた。どうやらメッセージが届いたらしい。震える指先で開くと送り主は奏太だった。その名前はを見ただけで少し心が落ち着く。そして届いた言葉は今の僕にとっては一番必要なものだった。 会いたい たった四文字。飾り気も何も無い短過ぎる言葉だ。でもそれ以上に伝えたい事も、伝えられない事も無い。これだげで十分だと思える。 僕は返信をするのさえ忘れて、ひたすらバスが終点に着くのを待った。早く奏太に会いたい、早く彼の声がは聞きたい。頭を支配する思考は最早それだけだ。壊れたレコードが同じ歌を歌い続ける様に、僕はこの感情を心の中で繰り返し叫ぶ。 そしていつの間にか乗客は自分だけになっていた。次のバス停は終点、海が見えるバス停。今にも駆け出したい気持ちを必死に抑える。体育の時間の長距離とは話が違う。走った先に会いたい誰がいるからだ。それだけで人は何倍も早く走る事が出来る。 窓の向こうには見慣れた景色が流れ始め、バスがスピードを落とす。まだ止まってもいないのに僕は立ち上がった。よろよろと危なげな足取りで降り口を目指し、開いた瞬間にお金を支払って飛び降りる。運転手が少し驚いた様な顔をしていたけれど、今は人目を気にしている余裕などない。 僕は不恰好な走り方で走った。人通りの少ない歩道を、息を切らしながら。 言わば僕にとって奏太は酸素だ。彼がいないと生きていけない、呼吸も碌に出来ない。依存という言葉で言い表せる範疇ではなかった。 こんな僕の言葉を誰かに伝えたら、「壊れている。」と笑われるだろうか。自分でも僕は可笑しいと思う。普通ではない事ぐらい随分前に気付いていた。 スポーツバッグを揺らしながら走っていると、遠くの方に青い屋根が見えてきた。後はこの足であの場所に向かうだけ。今度は絶対に転ばない様に、そう意識で走れば背筋は勝手に伸びる。初めてこんなに全力で走ったのではないだろうか。 「はぁはぁ……」 自分の家の前に着いた途端、今まで感じていなかった息苦しさが襲ってきた。肺も心臓も痛い。でもその辛さよりも達成感が僕の中に広がっている。 「おかえり」 波の音の様な優しい声に顔を上げる。誰が発した声なのかなんてすぐに分かった。間違える筈がないだろう。こんだけ走ってまで会いたい人なんて一人しかいない。 「た、ただいま」 乱れた呼吸のまま無理をして答えれば奏太は嬉しそうに微笑んだ。青い屋根の家の隣にある赤い屋根の家。そこの二階から窓を開けて、奏太はこっちを見ている。 僕等は学校で親しくしない。幼馴染みである事も明かさない。それは二人で決めたルールだ。そしてもう一つ決めたルールがある。放課後、お互いの家で会う時だけは偽るのをやめようと。学校が終わって家に帰れば、僕と奏太は素直になる。何もかも脱ぎ捨てて二人だけの時間を共有する。 人に言えば「壊れている。」と笑われるだろうか。好きに笑ってくれて構わない。僕には奏太以外に欲しいものなんて何一つないのだから。 「ゆっくり入れた?」 「うん」 制服から部屋着に着替え、更にシャワーまで浴びた僕はリラックスした状態で奏太の部屋にいた。帰ってすぐにシャワーを浴びていたのか、奏太からも同じ柑橘類の香りがする。確か僕の母のお気に入りのもので、奏太の家にまで勧めたらしい。親同士の仲が良いとこういう事がよく起きるのだ。まるで自分の家が二つある感覚。僕の使う食器が当然の様に並んでいたり、奏太の着替えが僕の家に準備されていたりする。 「はい、いつもの」 「ありがと」 受け取ったのは蜂蜜入りのホットミルクだ。僕が小さな頃からこれが大好きで、未だに眠る前は必ずこれを飲む。ほんのり広がる甘さが良い。ちなみにマグカップはクラゲの絵が描いた可愛らしいもので、奏太のお母さんから旅行のお土産で貰った。 こくりと一口飲むとその美味しさに自然と笑みが溢れる。自分で作った時よりも美味しく感じてしまうのは何故だろう。 奏太はホットミルクを堪能する僕を優しい目で見ていた。まるで自分の子供でも見ている様な柔らかい表情。見慣れている筈なのに直視するのが少し恥ずかしい。 ふと僕が転んだ時に手を貸してくれた時の奏太が脳裏に浮かぶ。別人だと錯覚してしまいそうな程、雰囲気が違った。僕という存在を恨んでいるのではないかとさえ思ってしまった。そんな人が、今はこんなに愛おしげにこっちを見つめている。 言葉にならない切なさが込み上げる。そして同時に奏太に触れたいという思いが込み上げてきた。触れたい、触れてほしい。理屈ではない感情は一体何処から来ているのか。 「奏太」 「ん?」 「抱き締めてもいい?」 唐突な僕の言葉に、奏太はきょとんとしている。でも直ぐに「いいよ。」と言って手を広げてくれた。お言葉に甘えて、奏太の腕の中に入り恐る恐る背中へ手を回す。感じるのは生きている人の温もり。逞しい腕にすっぽり収まった僕を抱きしめる奏太の力は強い。目を瞑ってどちらのものかも分からない鼓動に耳をすます。 「やっぱり小さいな」 「嫌?」 「ううん、丁度いい」 肩口に顔を埋める奏太。髪の毛が首元に当たって擽ったい。 二人だけの部屋に射す光は徐々に減っていく。日は沈みきってしまった様だ。夜と昼の境目、全てが感傷的になる青い時間。電気を点ければはっきり顔が見えるだろう。でもそれでは見えすぎてしまう気がして嫌だった。少し分からないぐらいでいい。感覚が麻痺しているぐらいが丁度いい。 「蓮」 名前を呼ばれて瞼を開けば、肩口から顔を離した奏太がこっちをじっと見つめていた。言葉はなかったけれど、何をしたいのか感じ取る事が出来る。僕が開いたばかりの瞼をゆっくり閉じれば、奏太の指が首の後ろに添えられた。そして触れるだけのキス。一瞬の感触で身体は熱を帯びる。啄ばむ様に、徐々に深く絡み合う様に口付けを交わす。舌が入って来て上顎や歯列をなぞられれば声が漏れた。自分の声は決して好きではない。特にこんな行為をしている時の声は嫌いだ。気持ち悪いとさえ思ってしまう。 夢中でキスをしていると酸欠で頭がクラクラして来た。息苦しいけれど、もう少しだけこうしていたい。うっすら瞼を開いてみると、目を瞑り口付けに没頭する奏太の表情が見えた。長い睫毛がよく見える。もしも同じ様な気持ちでキスをしているなら、僕はそれだけで幸せだ。そう思い、また目を閉じた。 お互いの唾液が混ざり合うほど口付けを堪能し、どちらからでも無く唇を離す。何か言おうかと息を吸い込んだ瞬間、緩やかな速さで床に押し倒された。柔らかい絨毯の上で仰向けに寝転がる僕と、覆いかぶさる様な体勢で僕を見る奏太。この世界に二人だけ取り残されてしまったのか、周りの雑音は何も聞こえない。 「蓮、名前呼んで」 甘える様な声で奏太がそう言った。 「奏太」 名前を呼びながら触り心地の良い髪に手を伸ばす。混じり気のない純粋な黒髪。奏太のお母さんはとても綺麗な人で髪も艶やかで美しい。きっと遺伝なのだろう。 嬉しそうに目を細めた奏太は、僕の服の裾からそっと手を入れ肌を撫でる。擽ったくて身動いするけれど、逃場がない事くらい分かっていた。もうこの腕に、この部屋に、この時間に囚われている。寧ろ自分からこの身を捧げている。 僕の両親も奏太の両親も、誰も知らない二人の秘め事。僕等は心を共有しながら身体を重ねる。 滑る様な動きをしていた指先は、徐々に明確な目的を持ち始めた。快感を与える為に動いている。胸の突起への刺激に僕は思わず声を漏らす。 「ん……はぁ」 華奢な身体も、少し高めの声も僕は嫌いだ。幼い頃から「女の子みたい。」と何度も言われた所為だろう。刷り込まれるくらい言われた。さらに僕へ追い討ちをかけたのは母の気持ち。親戚から聞いた話だが、本当は女の子を欲しがっていたらしい。中々子宝に恵まれず、やっとの思いで身籠った子供は男の子だった。幼いながらにその話を聞いて、自分から中性的な人物像へ寄せていったのかもしれない。女性になりたいとは思った事がないが、望まれているものになりたいという気持ちが強かったのだと思う。 奏太と身体を重ねていると、自分が男だという事を忘れそうになる。求められているものへ没入するあまり、自分を見失うのだ。でもそれが嫌なわけではない。心地良ささえ感じる時もある。 考え事をして理性を繋ぎとめようとするが、奏太の右手が太ももに沿うだけで敏感に感じ取ってしまった。身体が燃える様に熱い。まともな思考がとろけていく。 「感度いいな」 「……ん、いやだ」 「嫌じゃないだろ?ほら」 ズボンの上から緩く勃ち上がったそれに触れられて、思わず熱い吐息を漏らす。焦れったい動きにだらりと汗が流れた。恥ずかしいのにもっと触ってほしい。壊れる程の快楽が欲しいと願ってしまうのは、淫らで欲深い自分だ。隠そうとしても、奏太はそんなもう一人の僕を見つけて晒していく。嘘や偽りを剥がされ残ったどうしようもない僕を愛してくれる。 手慣れた様子で僕のスエットと下着を脱がした奏太の目はぎらぎらと光っていた。性の興奮がこんな僕に向けられていると思うと嬉しい。 「う、んっ……あ」 直接自身のものを撫でられれば快感が頭に直接響く。理性が今にも千切れてしまいそうだ。どうせなら跡形もなく消え去ってくれればいいのに。 「一回いく?」 「いやぁ……ん、一緒が……一緒がいい」 悲しくもないのに激しい快感から涙が溢れてきた。一人での受ける快感より、二人で感じられるものが欲しい。涙ながらに懇願する僕を見て、奏太は熱い吐息を漏らす。そして乱暴にズボンとパンツを脱いだ。床に投げ捨てられた可哀想な服たちがこっちを見ている。そんな目で見ないでくれ。僕達が可笑しいと嘲笑う様な目で。 「声出して」 そう言われても最後の一欠片残った理性が邪魔をする。今更過ぎる恥じらいが僕を必死に守っているのだ。でも求められているならと僕はぎゅと結んでいた唇の力を緩めた。 奏太は自分のものと僕のものとを手で包み込み、上下に擦り始める。打ち付けられる様な快感が襲う。一人で気持ち良くなる虚しさもない。今日は何かと準備不足だった為、こうやって一緒に快感を得る事しか出来ないのだ。そもそも滅多に挿入する事は無い。昨日が少し異常だっただけ。もう少し冷静だったら、背中に爪を立てる事もそれがみんなにバレる事も無かっただろう。 何故、僕達が積極的に本番をしないのか。それは僕と奏太はあくまで幼馴染みのままだからだ。付き合ってもいない、永遠の愛を誓ったわけでもない。でもセフレと呼ぶにはお互いを知り過ぎている。そんな二人の関係を表す言葉なんて無かった。 「ん、んぁ、あぁ……うぅ」 「はぁはぁ……蓮」 愛おしげに名前を呼ぶ奏太。僕も必死に名前を呼んだ。何度も何度も存在を確かめる様に。 視界が白く濁り始めた。あまりの快楽に僕は目を瞑る。奏太も限界が近いのか、擦る手の動きが激しいものになっていく。 快感の波が押し寄せ、それが絶頂に達した途端僕は声にならない叫びをあげた。 「んっ……!」 奏太の手に射精したものがかかる。綺麗な指を僕のもので汚してしまったと申し訳なく思った。ほぼ同じタイミングで達した奏太のものも混ざり、最早その白濁とした液がどちらのものか分からない。 燃え上がっていた脳みそは突然動きを止める。倦怠感と眠気がゆらりゆらりと意識を揺らす。 「……蓮、眠いの?」 「少し、だけ」 強がってそうは言ったものの、本当は今すぐ眠りに落ちてしまいそうな程だ。後処理を全て任せるのは駄目だと何とか目を開く。そんな僕を見て、奏太は優しく表情のままこう言った。 「眠ってていいよ、寛子さんが帰ってくる頃に起こすから」 寛子さんというのは僕の母の事だ。この時間はスーパーのパートに行っている。母が帰ってくる頃までに僕は自分の家へ帰っていなくてはいけない。勿論奏太との情事は秘密だ。口が裂けても言えない。 奏太は僕の頭を撫でながら「おやすみ。」と呟く。その柔らかな声色に僕は大人しく目を閉じた。 青い時間は夜にまた近付いて、僕らの秘め事を隠すかの様に一層暗くなっていく。

ともだちにシェアしよう!