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第1話

初めて「嫌い」という感情を抱いたのは、実の双子の弟に対してだった。 「また俺の勝ちだね、トール」 テストの結果が返ってきたとき。ゲームで対戦したとき。僕が勇気を出して告白した相手と、弟がたまたま付き合っていたとき。 彼は満足げな顔で、僕の自信を打ち砕く。どんな小さなことだって、彼は自分と僕とを比較しては勝ち誇った。 あまりにもそれが嫌で、逃げようともした。でも目の前の支配者は、僕が彼の言葉から逃げることを許さない。 「逃げられると思ってるの?家事もできない、頼れる友達もいない。トールは僕がいなきゃ、生きることすらできないくせに」 家を出たくて、弟から離れたくて選んだ遠い大学。下宿を親に許してもらえたと喜んだのも束の間、その条件は、一番嫌な付属品までがついてくるというものだった。 「残念だったね」 弟との食事は息が詰まる。 弟と同じ空間に居るだけで体が緊張する。 弟に話しかけられる度に、逃げ出したくなる。 ……でも彼、翔に対してそんな負のイメージを持っているのは、僕だけだった。 外面のいい彼は、いつだって「相手の理想とする自分」を作り上げる。そうすることで誰からの信頼も厚い彼は、大学という比較的狭いコミュニティの中では無敵だった。たまに大学内ですれ違う時には、いつも彼は周りに人を連れ笑っている。顔もいいのだから、さぞ生きやすい生活を送っているのだろう。 そんな劣等感を刺激しまくる弟がいながらも僕が折れずにいられたのは、唯一の親友である侑斗のおかげだった。 「おはよ、透」 翔の兄、という認識で見られてばかりの僕を、「僕」としてちゃんと見てくれる存在。 「あぁ、おはよ」 学科ごとに与えられるロッカー室。そこで2人で挨拶を交わしてから講義へと向かうのが、1ヶ月ほど前にできた約束事だった。 その約束ができたのは、弟の他にもう1つの懸案事項が浮上したからである。 「……開けるぞ」 侑斗が恐る恐る開けたのは、僕のロッカー。 「やっぱり、か」 僕の気持ちを汲み取ったかのように、隣でため息混じりに言葉が呟かれる。 それは数ヵ月から、月曜日の朝に決まって入っている簡素な封筒。その中身は……。 「一応確認しとけ」 「うん」 そう言って侑斗は後ろを向く。この封筒に入っているものを、彼も知っているからだ。 「なに、これ……」 「どうした?」 しかし今回はいつもと違った。正確に言えば、いつもよりも悪質だった。そこに入っているのは僕の写真。それはいつもと変わらない。だが今回は学校で撮った写真だけでなく、家の中でないと撮れないような写真まで入っていた。 「バレてんのか、家」 一体誰が。何のために。どうやって。 家の写真が撮れるとしたら、一番可能性が高いのは翔だ。でも、動機がない。彼はきっと、間接的に僕に嫌がらせをするような奴ではないだろう。でも、じゃあ、一体誰が。 「警察……いや、少なくとも先生には言った方がいいんじゃないのか」 「ダメ、だ」 言いたい。でも、翔にはバレたくない。 ただでさえ「役立たず」呼ばわりをされているのだ。こんな厄介ごとを持ち込めば、また小言を言われてしまう。 翔が首謀者だとしたら尚更だ。これくらいで慌てているようでは、また笑われてしまう。 「でもっ!」 「警察にも先生にもバレてもいい。でも、翔にバレるのだけはダメだ」 侑斗は、僕と翔の関係を知っている。僕がどれだけ彼を嫌っているのかを知っている。彼が、どれだけ異常な弟かを知っている。 「透……」 だから彼は心配そうに僕の名前を呟いただけで、他に何も言わなかった。 「行こう、授業」 封筒を乱暴に自分の鞄へと詰めて、ロッカーをバタンと閉める。まるで、見なかったことにするように。 侑斗は少し遅れながらも、僕の後ろをついてきた。

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