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第2話

先生の声を聞き流しながら、僕は頭の中で犯人捜しを始める。忘れようとしたつもりでも、自分の写真のデータが誰かの手元にあるかもしれないというのは気分が悪い。 何度も「外部に相談」という案が浮かんでは、自分で首を振って却下する。 翔という人間は、僕が彼の思い通りにならないことを、酷く嫌うらしいから。 昔は、普通に仲のいい兄弟だったのに。 今では……。 いや、外から見れば、僕らは仲がいいのだ。 僕らには、ルールがあるから。 「何があっても夕食は共に摂る。そのために午後8時には帰らなければならない」 そんな、世間体を気にしてなのか、はたまた嫌がらせなのか。2人暮らしを始めた日にできた、真意の分からない謎のルールが存在する。 一度だけ、破ってみた。 あれは大学で初めて彼女ができた時。 「大丈夫だって。翔君は優しいから、1日くらい許してくれるよ。一緒にご飯食べに行こ?」 そう彼女が言ったから。それもそうだと思った。「ルールを破る」という簡単なことにすら考えが及ばなかった自分にも、少しの嫌悪感が走った。だから。 「ごめん。明日は遅くなるから1人で食べて」 勇気を出して言ってみた。弟に怯えるだけの自分じゃないと、誰にともなく言い訳するように。 興味なく、「そう」と言ってくれないだろうか。そんな期待を持って、彼の言葉を待つ。 だが、そう甘くはなかった。 「なんで?」 不機嫌さがありありと伝わるような声と態度で、彼は追求してくる。 彼女のことを言いたくはなかった。 高校の時、僕と彼とで二股をかけられていたことを思い出したから。彼目当てで僕に近付いてくる女の子も、少なくはなかったから。 「友達と、ご飯食べてくる」 「友達……?誰」 無難な言い訳で乗り切ろうとしたものの、まさか名前まで聞かれるとは思わず、一瞬だけ言葉が詰まる。それでも今日は強気でいくと決めたのだと、自分自身を奮い立たせた。 「そんなの、翔には関係ないだろ」 「……そう。トールは、ルールすら守れない人間なんだ。守れない理由すらも、ちゃんと話せないんだね」 淡々とした口調が逆に怖い。嫌だと言うならハッキリとそう言えばいいのに、彼はそれをしない。気圧されて、声が上擦る。 「そもそも、こんなルールがあること自体がおかしいだろ」 「ご飯は俺が用意してあげてるのに、トールの方が文句を言うの?」 「別に頼んでない。キッチンさえ使わしてもらえれば、僕だって」 「僕だって、なに……?」 そうして翔は、1つ大きなため息をついた。 この時に感じた背筋の冷たさは、今でも恐怖となって残っている。 「トール、彼女できたんだっけ?」 ただ一言。文脈も何も関係なく、今までの空気よりいくらか軽く、彼はそう言った。 「なんで知って……」 うまく誤魔化さなければ、なんて選択肢を与えないまでに。 「そう。いいよ、食べておいで」 さっきまでとは打って変わって、彼は興味なさげにそう言った。その理由を、僕は数時間後に知ることになる。 「ごめん、透……。別れて、ほしい」 それは、彼女からの電話だった。 あまりのタイミングの良さに、誰のせいなのかは手に取るように分かる。だからこそ、諦めざるを得なかった。 「好きな人が……できたの。諦めるつもりだったのに、彼も私を好きだって……だから……」 騙されている。翔は、僕への当てつけに君と付き合おうとしているだけだ。 そう言ったところで、その言葉を信じる人はいない。彼の外面の良さが、僕の言葉を信じさせない。 「わかった」 そう言って電話を切った。 とても呆気ない終わり方をした。 次の日には何事もなかったかのように僕の夕飯までが用意されていて、やはり翔には勝てないのだと思い知らされる。 得体の知れないストーカーより、身近な悪魔の方が厄介だ。そんな思考に辿り着いた自分に苦笑して、授業へと意識を戻した。

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