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第3話

思えば、なぜ翔は僕に彼女が居たことを知っていたのだろう。いくら交友関係が広いとはいえ、情報がまわるのが早すぎないだろうか。 そう思い返して、やはりこの嫌がらせも彼が一枚噛んでいるのではないかと思う。 それくらい、彼には何でも見通されているような気になる。 「家まで送っていこうか?」 そう侑斗に申し出をされたけれど、断った。朝の件で心配をしてくれているのは分かったけれど、あまり人と居たくない気分だった。 「いや、今日は先に帰ってて。ありがとう」 自分のロッカーを開けても、当然ながら自分の入れたモノ以外は何も入っていない。月曜の朝以外は、特に実害は無いのだ。 だから、もう、無視をし続けてしまおうか。 考えるのがめんどくさくなり始め、そんなことを思う。……その時だった。 「やっと2人きりになれたね」 パタン、と扉が音を立てて閉まる。 視線の先に立っていたのは、高校時代それなりに有名だった男、篠崎奈津だった。 なぜ僕が知っているのかというと、彼は翔と共に生徒会をやっていた人物だからだ。 「君の周りはガードが固いから。近付くのが大変だったよ」 この状況が偶然ではないことを暗示するような言葉に、ストーカーみたいだと思う。 それが盗撮の犯人と結びついたと同時に、彼はこちらへと歩み寄り始めた。 「かわいいね」 あまりに急な展開に、動くことを忘れた僕に向かって伸びる手。その手が頭に触れながら左右に揺れる。それは存外に優しい、「撫でる」という行為だった。 「俺が、翔から匿ってあげようか」 かけられると思っていなかった言葉に、内容の理解が遅れる。 この男は、何と言った……? 「驚いてるね。まぁ、無理もないか」 いや、聞こえてはいた。意味だって正しく理解できる。ただ、それをこの男が言える理由が分からない。 「俺は翔と君の関係を知ってる。伊達に高校時代アイツと仕事してたわけじゃないよ」 そう言われても、現実味が湧かない。あの外面のいい弟が、そんなミスを犯すとは思えない。 「はは、その顔は信じてなさそうだ。初対面だもんな。俺は透をずっと見てきたけど」 「ずっと……?」 「あぁ。アイツが1度だけ透の話をしたことがあってね。こんな完璧超人が執着する兄ってどんな奴なんだろう、って気になって見てみたんだ。そしたら、目が離せなくなった」 淡々と、自分がストーカーであることを自白する男。あまりに淡々としすぎていて、それに動かされる心は消えていた。 それよりも、気になる点があったから。 「翔が執着だって……?」 「透は翔に嫌われてると思い込んでいるようだけどね。本当は……っと、これ以上言うと俺が不利になるな」 要領を得ない会話に、ハッキリ話せという苛立ちをのせて篠崎を睨む。それなのに彼は、軽く笑いを返しただけだった。 「もし君が翔から逃げたいと思っているなら、ストーカーの正体を柳瀬侑斗には言わないことをオススメするよ」 そしてまた彼は、僕には理解のできない言葉を続ける。 「情報はどこから漏れるか分からないからね。翔相手なら特に。透もいつか、俺の言葉の意味が分かる」 そう言って彼は、僕に何をするでもなく去っていった。去り際に、念押すように言葉を残して。 「逃げたくなったら、いつでも俺のところへおいで」 それきり、ロッカー室には沈黙が戻る。 「翔から逃げられる……?」 その言葉を反芻する度、胸が高鳴った。初対面の、しかもストーカー。そんな信用に足らない人物の言葉を、信じてしまいたい自分がいる。 侑斗以外に、彼の近くにいながら、彼に染まらなかった人間が居たなんて。それどころか、ずっと僕を見てくれていた人間が居たなんて。 なんて……嬉しいことだろう。

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