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第4話

ロッカー室から動けないこと十数分。気付けば時計は、19時をまわっていた。 そろそろ、帰らねばならない。 20時は過ぎないにせよ、普段よりも帰るのが遅くなれば理由を聞かれてしまう。僕にはこの現状を誤魔化せるほどの話術はないからそれは避けたい。 だから荷物を詰め込んで、急いで家へと向かった。帰りたくない気持ちを抑えて、全力で足を動かして。 「ただいま」 「おかえり」 素っ気ない挨拶で始まる夜。やはり今日は、翔の方が先に帰ってきてしまっていた。 「帰り、少し遅かったね。何してたの?」 ……僕の努力はあまり意味がなかったようで、彼は口を開いてすぐに一番聞かれたくない問いを用意する。 さて、どう答えるべきか。 下手な嘘は、きっと翔には通用しない。でも「翔から逃がしてあげる」と言ってくれた篠崎のことを、バラすわけにもいかない。 「ちょっと勉強してきてたから」 「へぇ……家でもできるのに?」 こんなこともあろうかと、一応用意していた無難な答え。追求の質問の予想も当たり、変な間を置くことなく答える。 「終わったらすぐ提出したい物だったから」 「そう」 これは興味を失ったか、信じた上で問題がないと判断した時の返し。心の中で喜んで、それでも表情には出ないように注意した。 どこでバレるか分からない。一瞬も気が抜けない。翔自身が嘘にまみれた生き方をしているからなのか、彼は人よりも嘘に敏感だ。 「食べようか」 そう促され食卓につく。翔と対面せざるを得ないこの時間は、苦手だ。 「いただきます」 ご飯を作ってくれるのも、洗い物をしてくれるのも彼なのだから、感謝はしなければならないし、感謝はしている。その上、家庭の味なだけあってご飯は文句のつけようもなく美味しい。 ただ、もっと空気が軽ければいいのにと思う。 僕の1つ1つの仕草を追うように目線を動かすのを、やめてほしいと思う。 まるで監視されているみたいで、居心地の悪さを拭えない。 「今日は何かあった?」 「……特に何も」 毎日聞かれるこの問いに、毎日返すこの返事。一体彼は、ここからどれだけの情報を得ているのだろう。 会話は大体これで終了してしまうのに。 そうすれば食べるしかすることもなく、一口、また一口と箸が伸びていく。30分もしないうちに夕ご飯が終わってしまうのはいつものことだった。 「美味しかった。ごちそうさま」 ほぼ同時に食べ終えるため、食器を洗い場に持っていけるくらいは手伝える。 僕に許されるそれからは、お風呂に入って、明日の講義の予習をして、寝るだけ。しかしその寝ることも、1つの悩みの種だった。 2人暮らしのこの家には、それぞれの部屋はない。そんな贅沢を言えるほど裕福ではないし、何よりワガママを言って親を困らせたくはなかったから。 ただ欲を言えば、ベッドだけは分けてほしかった。昔、1人で寝るのが嫌だと泣いていた、翔のために買われたキングサイズのベッド。そのまま使えばいいと言われてこっちに持ってこられてしまえば、特に断れる理由もない。 2人暮らしを始めて数日間は不眠の症状も出たが、今ではもう慣れてしまった。 寝息が聞こえる。隣を見れば、寝顔も見える。どれだけ苦手だと感じていても、どれだけ離れたいと願っても、「兄弟」という血の絆が邪魔をする。 きっとそう感じているのは、翔も一緒なのだろう。

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