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【0章】1

濡れたアスファルトから独特な香りが辺りに漂う。雨の日は好きだ。とくに、熱気と湿気た空気が混ざり合う、不快と隣り合わせの雨がいい。 その日も雨が降っていた。ひどく不機嫌でキュッと下くちびるを噛み締めている彼に「噂を流してやる」と言って張り付く前髪を額からぬぐってやれば、初めて高揚した瞳で俺を見た。昔から一緒にいたはずなのに、初めて視界に入ったと思った。刹那、暗い穴ぐらに深く深く堕ちていく。そこにあるのは恐怖でもなく、不安でもない。身悶えるような凄まじい快感、溢れる幸福感、脳が冴え渡る気がした。 その日から、俺の中にいるのは凛生(りお)だけだ。 男が好きなわけじゃない。凛生だけが特別なのだ。恋愛感情なんて生易しいものじゃない。彼を自分の手でどうこうしたいわけでもないし、俺はどうもそういう衝動はないと思っている。 もし、凛生がその小さく薄い唇で誰かを殺せと言うならばその通りに動くだろう。何よりも凛生が傷つくことは決して許してはならない。俺のすべてを凛生に。あげられるものは余すことなく。好意的な見返りなんてものは興味がない。彼が何不自由なく生きていけるのならそれでいい。ただ、あの穴ぐらに堕ち続けていられれば。 俺のすべては凛生、愛してもまだ足りない。

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