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◇1話◇
※ ※ ※
(ここが世逆島か……郭とはいったい……どのような所なのか……母だった人も父だった人も___兄だった人も教えてはくれなかった)
ちゃぷ、ちゃぷと___絶えず波間に揺れ動く小舟に初老の船頭と共に乗りながら齢二十にも満たない男童の大和は誰ともなしに心中で呟いた。
年中大不作に見舞われ、ろくに飯すらありつけずにいることが日常茶飯事だった貧困街でずっと暮らしてきた大和にとって、食いぶちを減らすために親兄弟に売られて貧困街を追い出されたのが初めての遠出といえる。
貧困街を出る___いいや、追い出された最後の日、今まで家族だと信じて止まなかったあの人達は笑顔だった。特に母に至っては満面の笑み(涙まで)を浮かべて、なけなしの米で作った握り飯を大和に渡したのだ。
何度、小舟から海へと握り飯を放って魚の餌にでもしてやろう―――と思ったことか。
しかし、どうしても出来なかった。
腹が減って、腹が減って、どうしようもないからだ。人間___どんな時にでも腹は減るもので、昔の人はよく「腹が減っては戦は出来ぬ」と格言を残したものだ、と大和は憎らしげな顔を浮かべつつもがつ、がつと乱暴に握り飯を頬張った。
戦が出来ない、とは―――それすなわち、己を金目当てで売った家族だった者達に復讐する事が出来なくなるという事だ。腹が減って、そこらでの垂れ死ねば、これからも貧困街で暮らしていく家族だった者達に復讐する機会すら永遠になくなってしまう。
大和にとって、それは―――このままの垂れ死んでしまう事よりも反吐が出そうなくらいに我慢ならぬ事なのだ。
船頭が―――乱暴に握り飯を頬張り続ける己を《卑しい》といわんばかりにジーッと見つめてきたが、大和はお構い無しに握り飯を全て頬張り終えるとギロリと蛇のような目で船頭を睨み付ける。
ふと、小舟の動きがぴたっと止まった。
「ほれ、着いたやし……降りてくれんか。銭は払わんでもよかよか」
「言われんでも、降りるわ……。そいや、船頭さん、この神室屋いう郭はどこにあるか分かるか?おら、ここに来いと言われとるんやが……」
船着き場で、船頭とやり取りをした後で大和は【神室屋】という郭の前で付き人が待っているため、船頭に教えてもらった地図を片手に持ちつつ目を通しながら、すっかり日が暮れて桃燈に辺り一面を囲まれ、眩い橙色の光に包まれる賑やかな夜の街を覚束ない足取りで歩いていくのだった。
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