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◇ 24話 ◇
小柄で痩せ気味な大和の体は、いとも簡単に髏心后帝の尊の逞しい体に受け止められてしまう。
とはいっても、髏心后帝の尊とて決して筋肉質という訳ではないのだけれども――。
しかし、それでも年上の男と大して交流がなかった大和にとっては随分と逞しく思えた。
「あ……あの船にいた、付き人である男の人に……何か特別な感情を抱いていたのですか?申し訳ないと思うけんど、おら……どうしてもそれが知りたくて____」
「そのようなことを、先程からずっと智子は気にしていたのであるか。確かに我子は理不尽にも炎上した船の中で無念の最期を遂げた、あの付き人である男の雪爾を今でも慕っている。だが、それは単にあの者に対して尊敬の念を抱いていたというだけのこと。智子や、智子の兄である連翹が思っているような……特別な感情からゆえではない。元々、湖雨の未来を担ううちの一人である我子に自由などは存在しない。それは、分かりきっている……決して逃げられない、この世は箱庭――いや、鳥籠というべきか」
どことなく寂しげに、そう呟く。
そして髏心后帝の尊は出口へ向かおうとしていて真正面に立っている大和の背後の格子窓から光をもらしている見事に欠けた月へと向かって、それを掴むような素振りでゆっくりと手を伸ばしていき、やがてぴたりと動きを止めた。
むろん、幻想的な黄金の輝きを放つ月には手が届くはずもない。
だが、そんなことなど分かりきっているにも関わらず、髏心后帝の尊は伸ばした手を引っ込めようともしない。
そして、出会って間もないものの初めて目にする彼の一筋の涙____。
大和は、どうにかして彼の寂しさを柔らげたいと考えた。
だが、身分も出身国も違う彼をいったいどのような方法で慰めればいいのかと、大和は今まで過ごしてきた中で充分に発揮する機会などなかった【知恵】を振り絞りつつ考え続ける。
*
『____音だ。人の心を癒すには……音を奏でればいい』
『で、でも……音なんていうもので人の心なんて癒せるんかの?あそこの……腹ぺこでぐったりしている、おじいも、おばあも救われるんか?二人の腹の足しに、なるんか?みんな、金がなきゃ腹の足しになんぞならんと話してるんに……』
『いいか、大和……金だけじゃない。それだけじゃ……人の心は救われん。むろん金は生きていくには必要だ。けど、音にだって存在価値はある……今はいない、おめえの母さんだって、ぼろかったとはいえ俺達に毎夜琴をひいてくれていただろ?お前は、その音が嫌いだったか?』
かつて、そう兄から言われ、大和は何も言えなかったのを思い出した。確かに、あの頃は貧しく毎日生きていくのに精一杯で辛かった。
それでも、母が日々聞かせてくれていた琴の音は嫌いではなく耳障りだなどとは一度として感じていなかったのだ。
*
大和は、かつての兄との会話を思い出した後に少しばかり遠慮がちに普段から懐に忍ばせておいている、ある小物を取り出す。
そして耳まで真っ赤に染めつつ、それを口元へと持っていく。
「あ、あの……髏心后帝の尊様____是非、おらの演奏を聞いてほしいのや……おら、兄様よりも下手やから、自信なんてないんやけんど……心を込めて吹くから、だから____」
うつむきがちで、耳まで真っ赤に染めている大和を目の当たりにして髏心后帝の尊は返事の代わりだといわんばかりに小刻みに震えている相手の肩へ手を軽く置いた。
それから大和が手にしている小物の吹き出し口から、鳥の鳴き声瓜二つであり、尚且つ低音と高音が入り交じる不思議な音色が狭い間にて暫くの間奏でられたのだった。
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