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「瑛太がどうしてもお父さんと暮らしたいって言ってるんだよね……」
いつの間にか香子は瞳に涙を滲ませていた。鼻の頭を真っ赤にして涙を必死にこらえているようだ。その様子を見て、香子と瑛太の間ですっかり話はついているのだと悟った。
「瑛太は……なんで俺と暮らしたいんだろう」
年に二、三回会うだけの親子関係。年々、瑛太の口数は減ってきている。てっきり嫌われていると思っていた。
「それは本人の口から聞いた方がいいよ。ただ瑛太も考えて考えて決めた事だから……。四月から瑛太は『葛岡瑛太』になるって決めたんだって──」
「葛岡……瑛太……」
久しぶりにその名前を口にした。出生届に広務の手で書いたその名前。
役所に届けを出した時、親になるんだ、と思った。
その時の気持ちが今、津波のように思い出された。
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