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おまけのSS─4

「ていうか、花の彼のパパ、イトに似てますよね!言われません!?」 「イト?」 「このコンサートのグループの雪平糸ですよ。会社の女の子達にもたまに言われてるでしょ」  お父さんのパートナーが苦笑いした。 「あ~、なんか誰かにちょっと似てるって言われたことあるなあ……。この歳になると最近の芸能人の見分けが全然つかなくて」  見た目は若くても、中身はうちのおっさんとおんなじなんや。当たり前だけど、彼のお父さんも中年なんだな、と不思議な気がした。 「ほんと、最近の流行りにはうとくなってきちゃって……。ところでそのうちわ手作り?」  花達が手にしているうちわを、彼のお父さんはもの珍しそうに見つめている。  うちわというのはもちろん、推し応援のために夜な夜な手作りしたものだ。黒い無地のうちわに、推しのカラーの色紙でメッセージを作り貼ったものだ。 「すごい凝ってるんだね。えっと……『笑って』……『ウインクして』……。この、『バーンして』っていうのは?」  うちわの文句をひとつひとつ読み上げ、『バーン』のところで彼のお父さんは首をかしげた。 「バーンっていうのは、指さしてってことですよ、広務さん」  お父さんのパートナーが、指でピストルを作って撃つ真似をする。彼のお父さんは、花の持っていた『バーン』のうちわをパートナーに持たせた。 「真楠、バーンして、ってうちわ振ってみ?」 「え?……広務さん、バーンしてー」  お父さんのパートナーは意外とノリが良かった。うちわを振り振り、彼のお父さんに声援を送る。 「ばーん!」  彼のお父さんの人差し指から、ハート型の弾がパートナーの心臓を貫いた──ように花達には見えた。  パートナーにもハートの弾はちゃんと見えたようで、小さく「くぅ……」と悶えるのが花の耳にちゃんと届いた。  こんなかわいい四十代が、この世に存在していいのだろうか。隣を振り向くと、みっちゃんも同じことを感じているらしく、胸元で握りこぶしを作り、こっそり悶えている。  ふと辺りを見渡せば、イトのメンバーカラーを身につけたイト推し達も、固唾を飲んでかわいい四十代を見守っていた。 *****  元旦を彼の実家で過ごした花は、二日の新幹線で彼より一足先に大阪へと向かっていた。  彼のお父さんもパートナーも、本当にすてきな人達だった。お父さんは可愛くて優しいし、パートナーはそんなお父さんにいつもそっと寄り添っている。  いつか自分達もあんな素敵なカップルになれるといいな。花はうっとりと、二人の姿を思い浮かべた。 「あ、そうや……!」  すっかり失念していたが、母親に、すでに新幹線に乗っていると知らせなければいけないことを思い出した。花はラインでメッセージを送るついでに、カウントダウンコンサートの帰りに撮った写真も送ってみた。  みっちゃんの強い要望で、彼のお父さんを真ん中に写真を撮ったのだ。お父さんを花とみっちゃんが挟み、更に女子の外側に彼とお父さんのパートナーが立っている。撮影係は、みっちゃんをむかえに来た彼氏だった。  彼のお父さんが買ってくれたお弁当を食べていると、スマートフォンが小さく震えた。母親からの返信だ。  画面を確認した花は、えらいハイテンションな母親の返信内容に、「やっぱりやんなあ」と小さく呟いた。  それもそのはず、花の母親もすっかり娘に影響されて、ファンクラブに入るくらいにイトの大ファンなのだ。今回のコンサートも外れてしまって、大変悔しがっていた。  更にメッセージが連投される。 『ほんますてきなご家族やね!』  母親が大興奮でメッセージを書いているのが目に浮かぶ。 「うん、ほんまにすてきな人達なんやで~」  いつか彼のお父さん達に、自分の両親を紹介できる日が来るとええな──。  花は、遠いようで近そうな未来を思い描いた。             おしまい 

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