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おまけのSS─3

「イト、めっちゃ格好良かったなあ!昔はめっちゃ可愛かったけど、なんていうか、大人の色気みたいなのが最近ほんまスゴない?」  カウントダウンコンサートに誘ってくれた幼なじみのみっちゃんは、中学校からの大親友だ。  花がファンクラブに入るほどアイドルグループにハマったのも、中学時代のみっちゃんの布教活動のおかげだと言える。車にばかり夢中だった変わり者の花に、「このグループめっちゃいいから、よかったら観てみて?」とライブDVDを貸してくれたのだ。  今では花もみっちゃんと同じ、イトの大ファンだ。  同担(アイドルのグループで同じメンバーを推していること)友達かつ親友の花とみっちゃんは、可能な限り一緒にイベントに参加している。このカウントダウンコンサートもみっちゃんが当選して、花を一番に誘ってくれた。  年が明け、花達はグッズの入った袋と応援うちわを手に会場を出た。  コンサート会場の外には、女の子から熟年の奥様まで様々な年齢層の女性が興奮さめやらぬ様子でたむろしていた。  大晦日から元旦にかけたこの夜は、電車も一晩中運行している。みんなお仲間同士で帰宅するか、初詣に出かけようかというところなのだろう。 「いやあ~、花の彼氏に会うのめっちゃ緊張するわー」  東京の路線に慣れない花のために、このあと彼がむかえに来てくれることになっている。みっちゃんはみっちゃんで、同棲中の彼氏と初詣に行く予定になっていた。 「でも……彼氏、ほんまいい人みたいでよかったなぁ」  みっちゃんがしみじみと呟き、花は「ほんまに」とうなずいた。  花はみっちゃんには今まで何でも相談してきた。  小学校で受けたいじめのことから、将来の夢まで全て。  初めて出来た彼氏のこともそうだった。  彼が花と同じ気持ちでいるとわかりお付き合いを始めようかという時、彼に家族のことをうち明けられた。  彼の両親が離婚していること、お母さんには新しい家族がいること、そして、お父さんに同性のパートナーがいること。  中学の保健体育で、花はLGBTについて学んだ。花が生まれる前は、異性愛者以外は迫害を受ける社会だったそうだ。しかし世の中は様々な性を受けいれる風潮に変化していて、花も偏見を抱いたことはない。  同性のパートナー制度を認める市町村も多くあるし、同性のカップルが養子を育てることも可能な世の中だ。ただ、過去の偏見を引き摺っている高齢の人達が多くいるのも事実だった。  彼は花と真剣につきあいたいと言ってくれた。この交際が結婚まで進むことがあるかもしれないから、と家族のことを一番最初にうち明けてくれたのだ。  しかも花に教えてくれただけではなく、花の家族にも正直に全て話した。  もし父のことで交際を反対されるのであれば、僕は花さんとのおつきあいを諦めようと思います──、そう家族の前で言われたときは、反対されて諦めるって、この人ほんまにうちのこと好きなん?とぎょっとしたが、彼は花に恋人よりも家族を大事にしてほしいと言ったのだ。  これには花の父親が最も心打たれたらしく、親を大事にする人間に悪いやつはいない、とすぐに絆されてしまった。母親には「彼、ちょっとファザコンなんちゃう?まあ、イケメンやけど……」と現実的な心配をされてしまったのだが。  でもそんな正直な彼を花は尊敬しているし、つきあえばつきあうほど優しい面やおもしろい面が見えてきて、本当に大好きになった。  彼のお父さんもすごく優しくて、花にふかふかの布団を新調してくれていて、「いつでも泊まりにきていいからね」と言ってくれた。しかも今朝は「せっかくの大晦日だから」と、蕎麦を手打ちで用意してくれていたのだ。  もちろん素人が打ったものなので、食感はちょっとボソボソしていたし、一本がうどんみたいに太いものも混じっていたが、わざわざ花のために尽力してくれる優しさに感動した。  しかも笑った顔は推しのイトによく似てて──と、花が昨日と今日の出来事を反芻してうっとりしていると、みっちゃんに袖を引かれた。 「なあ、花」 「うん?」 「うち、カウコンで興奮しすぎて目がおかしくなったんかな?」 「え?」 「なんか、ちょっと老けた天使が、こっちに手振ってるように見えるんやけど」  みっちゃんは遠くを向いて目をこすった。『天使』というのは、ファンにだけ通じるイトの愛称だ。  みっちゃんの視線をたどると、案の定そこに彼のお父さんがいた。 「やっぱりみっちゃんも、イトに似てるように見える?」 「イトよりは老けてるし、イトよりはイケてないけど……って、花の知り合い?」 「うん。彼氏のお父さんやで」  花が『ちょっと老けた天使』の正体を明かすと、みっちゃんは口と目を見開いたまま動かなくなった。 「花!ごめん!親父も一緒に行きたいってうるさくて……、あ、こちら、みっちゃん?」  彼が駆けよって来て、みっちゃんに会釈した。でもみっちゃんの視線は彼の背後にいる、ちょい老け天使に釘付けになっている。 「ごめんね。こういうお祭りみたいなの、どんな感じか見てみたくて、初詣行きがてらついて来ちゃった……!お友だちと楽しんでたのに、邪魔だったかな」 「そ……、そんなことないですぅ……!」  みっちゃんは彼のお父さんに食いつきそうな勢いで距離を詰める。圧がすごがったのだろう、彼のお父さんは半歩後ずさった。

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