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おまけのSS─2

「瑛太くん!ここ!」  妙な劣等感と緊張感に苛まれていると、張りのある男性の声が彼を呼んだ。俯きがちの顔を慌てて上げると、人の群の向こうから男の人が手を振っている。  東京の大人の男性のイメージにぴったりなとても洗練された服装に、目を惹く容姿。あの人が彼のお父様なのだろうか。  花は背筋をしゃんと伸ばした。  東京の女の子はみんな綺麗でお洒落に見える。自分の服がなんとなく野暮ったく見えてくるくらいだ。せめて姿勢だけでも美しくあるように、花は礼儀正しく会釈した。  人の波をかきわけて、その男性はどんどんと近づいてくる。全身黒のワントーンで決めているものの、差し色に使っている流行色のボルドーのマフラーがとてもすてきでおとなっぽい。  花は彼のお母さんとは何度も会っている。彼のご両親は彼が赤ちゃんの頃に離婚していて、お母さんは大阪で新しい家庭を築いていた。  彼はお母さんの家に『いそうろう』している。大阪の彼の家族はみんないい人で、全員血のつながりのあるごく普通の家族に見える。しかしその中で、彼だけが苗字が違っていた。  彼の『ほんとうのおうち』は東京のお父さんが住んでいるマンションなのだ。  だから向こうから手を振りながら歩いてくる人が彼の本当のお父さんなのだろうと、花は思った。しかしどんどん近づいてくるにつれ、父親にしては若すぎるような気がしてくる。 「お帰り!えっと……『花ちゃん』だよね?」  彼氏にベタ惚れの花ですら、ぽう……っと見惚れるくらいのイケメンだ。花はうっすらと頬を染めつつ、うなずいた。 「あのっ……、小西花と申します!そのっ、瑛太くんとは仲良くしてもらってます……!」  こんなシーン見たことあるなあ、と花は緊張に気が遠くなりつつも分析していた。  ドラマなどでよく見るやつだ。関西の田舎から出てきたヒロインが、訛り丸出しで緊張しつつ挨拶する。そんな純朴なヒロインに、視聴者は好感を抱きほのぼのするのだろうが、当事者の花は顔が真っ赤になるほど恥ずかしかった。  挨拶すらスマートに熟せない自分にがっかりする。彼の身内の前では、もっと格好良い自分を見せたかったのに。なのに理想とは真逆に、花は米つきバッタのようにぺこぺこと何度と頭を下げた。 「花?なんか、緊張してる?」  明らかにいつもと違う花に、彼が戸惑いを見せた。  もうなんだか全部ぐだぐだで、花は格好つけるのがバカバカしくなってきた。 「うん……めっちゃ緊張してる。東京は人が多いし、若い子はみんな綺麗でお洒落やし。なのに、うち、なんでお土産に豚まんなんか選んだんやろって後悔してる。瑛太くんのパパがめっちゃ格好良くて、うちのおっさんと全然違くって。こんな格好いいパパが豚まんとか食べるんかなって。もうなんかグチャグチャ……」  緊張を吐き出すように全てを吐露してしまうと、ストンと肩の力が抜けていく。 「あの、これお土産です」  大阪駅で購入した、ごごいちの紙袋を差し出した。  ごごいちの豚まんとアイスキャンデーは、大阪が世界に誇れるご当地フードだと、花は常々思っている。さっきは緊張のあまり「豚まんなんか」と卑下してしまったけれど、彼の家族に喜んでもらえるよう、考えて考えて用意してきたのだ。  花がテンパってグチャグチャだったことには一切触れず、その人は優しく笑って紙袋を受け取ってくれた。 「ありがとう。僕もこの店の肉まん大好きなんだよ」  やっぱり東京の人は「豚まん」とは言わずに「肉まん」って言うんや。「豚」と「肉」やったら、「肉」のほうが圧倒的にスマートやもんなぁ。  花は内心妙な納得をしつつ、やっと笑うことが出来た。 「あのさ、花。緊張してたとこ、アレだけど……この人、俺の親父じゃないよ」 「えっ」  彼に言われ、花はまじまじと目の前の男性を見た。  この人が父親じゃないということは──、そう思った時、小走りでこちらに駆けよってくる人物に気がついた。 「えいたぁ~!」  その人物の顔をばっちりと確認した花は、我が目を疑った。 「あれが俺の親父だし」  親父ってなんだっけ?と考え込みたくなるくらい、彼のお父さんは若く見える。もちろん実際に若いのは聞いて知っていた。彼が誕生したのは、彼のご両親が大学生時代のことだ。  しかしこちらにやって来た彼のお父さんは、三十歳そこそこにしか見えない。実年齢は四十歳過ぎのはずだが、彼のお兄さんと紹介されたらうっかり信じてしまいそうだ。 「こんにちは。瑛太の父です」  しかもニコリと微笑む顔は、花の推しメンの『イト』に似ていた。 「花ちゃん、明日はアイドルのカウントダウンコンサートに行くんだって?」  推しのイト似のパパが、笑いかけてきた。それだけで、東京ってすごい!と叫びそうになる。  ぽおっとなる頭を再起動させ、花は再び自己紹介した。 「瑛太くんとおつきあいさせていただいてる、小西花です!」 「これ、お土産にいただいたんだ。広務さん、この肉まん好物だったよね」  彼のお父さんの『パートナー』がごごいちの紙袋を、少し掲げて見せた。すると、彼のお父さんは花のつぼみが開くように笑った。 「ありがとう!ここの肉まん大好きなんだ!大阪に出張があったら絶対に買って帰るくらい大好物!」 「よかったです……」  花は推し似の笑顔を、ふわふわとした気分で見つめた。  そして、彼のお父さんもやはり「豚まん」じゃなく「肉まん」って言うんやなあ、とあらためて感心した。  

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