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おまけのSS─1

  おまけのSS 『わたしの彼のパパ』  小西花は幼い頃から自動車が好きだった。  まわりのお友だちがリカちゃん人形やプリキュアに夢中な中、花はトミカをコレクションしたりラジコンカーで男子と競争するのが楽しいと感じていた。 「女の子なのに変なの」  小学生の時は一部の級友から軽いいじめを受けた。  花が女子の遊びの輪にあまり加わらず、男子とラジコン遊びやプラモデル作りに興じるのが原因だった。  その頃の花の夢は、大人になったら車を作る人になることだった。  それは祖父の背中を見て育ったからかもしれない。祖父は小さな自動車修理工場を経営していて、亡くなるまで現役の修理工だった。  機械油の匂いと、紺色のつなぎの作業着。働く祖父の指先はいつも黒く汚れが染みついていたけれど、花にはそんな祖父が格好良く見えた。  現在花は大学四回生。来年度には国産自動車メーカーに就職する。花の夢は、ついに花咲く時を迎えるのだ。  機械いじりが好きすぎて「女の子らしくない」と度々批判されてきた花だったが、大学に入学した年にステキな彼氏が出来た。  進学した、関西にある理工系の大学の同期生だ。  彼はロボット工学を専攻していて、来年は院に進むことが決まっている。そして花は北関東にある本社直営工場で、設計の部署に配属されることが決まっていた。  いわゆる、遠距離恋愛になってしまうのだ。 *****  年末の東京駅は帰省の人々でごった返していた。あまりの人の多さと駅の広大さに、花は戸惑った。  生まれも育ちも大阪で、梅田やなんばは中学生の頃から庭のようなものだったけど、東京は全然規模が違うと実感する。  慣れ親しんだ関西弁がちっとも聞こえてこないのも、花の不安を煽っていた。  北関東とはいえ、首都圏の端っこで花の新生活はもうすぐスタートする。こんなところでひとりぽっちでやっていけるのだろうか。  新幹線の中では不安や期待をたくさん口にしていた花だったが、東京駅に到着したとたん、口をきくことにすら臆病になった。 「どうしたの?」  急に大人しくなった花に気がついたのだろう。彼が、俯きがちになっている花の顔をのぞき込んだ。 「うん……、何か……」  花達の世代は、こてこての関西弁をあまり使わない。やはりそれはSNSの影響が大きいと言われている。  全国の友人(フォロワー)と繋がるのに、方言で書き込むのは抵抗があるからだ。  『~だよね』『~だよ』など、テレビやマンガで覚えた標準語は使いこなせると思っていた。しかしそれはネットの上だけの話で、自分の使っている標準語は『東京弁』ではないとあらためて実感する。  たくさんの人の話し声の中で、自分が使う関西のイントネーションは色が違って聞こえる。 「ほんま人がごっつ多くてかなわんわ~」 「ほんまやな!ちょっとあんた!はぐれたらあかんで!」 「あ!そうや!うち、孫に東京駅限定のなんちゃらいうやつこうてきてって、たのまれてたんやわ~!奥さん、ちょっと待ったってえな!」  突然たくさんの人の声に負けないくらいの関西弁が、花の耳に飛び込んできた。  どうやら観光旅行に来ていた関西のおばちゃん団体らしい。手に手に夢の国の袋や、東京土産の紙袋をぶら下げている。 「ねえ、私もあんなんかな……?」 「ん?」  あんなん、という言い方自体が、すでに訛っているということに、花は気がつかない。花がこんなにも不安になるのには、実はもうひとつ理由があった。  この年末、彼の実家にお泊まりさせていただくのだ。

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