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エピソード2『教育係は口うるさい』
「……レイチェル様? 入りますよ」
ノックと共に開かれた扉。
スラリとした長身の燕尾服 にレイチェルは我が目を疑った。
「うえ!? シャザールぅ~!? な、なんでオマエがこんなとこに!」
レイチェルは乱れた衣装のままガバッとベッドの上で身を起こした。
「お久しぶりでございます。レイチェル様。本日が進級試験だとお聞きしたものでこのシャザール、僭越ながら激励に参りました」
恭しく白い手袋をした手を胸に当て、深々と礼を執った彼の肩をクセのない長い銀髪がするりと滑り落ちた。
顔を上げたニッコリと含みのある笑顔にレイチェルは震え上がる。
彼の名はシャザール・クレア。
レイチェルの教育係兼、育ての親である。
百年制の魔法学校を卒業後、当然のように吸血鬼学校に進学すると信じて疑わなかった彼の目を盗んで、全寮制の淫魔学校に勝手に進学したレイチェルは、いつ激おこ爆弾が投下されるかと気が気ではなかったのだが。
この一年意外な沈黙を続けるシャザールにすっかり油断していたらコレだ。
(やばい。コイツぜったい怒ってるだろ!)
「本日は進級試験と聞きましたが、貴方はのんびりと何をなさっているのでしょうか?」
一年ぶりの思慮深い銀の眼差しがとっても物騒な光を帯びる。
「い、今から支度して行こっかな~って」
えへへっと笑ってみせると、ズイッと端正な顔がアップになった。
「紅い瞳をして。こんな時に。全く呆れてモノが言えません」
(言ってるじゃんっ!)
「はあ? 別にいいだろ、そんなの! ひとりエッチくらい誰だってやってるって!」
「淫魔の自慰行為は消耗するだけ。校則で禁じられています。っていうか何をケロッとして。恥じらい! シャザールは恥じらいを求めますッ!」
「ナニもう、めんどくせーなオマエはッ!」
レイチェルの蒼い瞳は欲情すると紅く変わる。
幼い頃からの教育係のたしなめるような咎めるような口調にレイチェルは唇をぶーと尖らせた。
「校則違反も何も。たいしたことねーじゃん、こんなの! マリアに比べたら可愛いもんだ」
下級淫魔である母マリアは繁殖期でもないのに禁忌 を犯してレイチェルを産んだ。
そして、命を落としたという。
上級吸血鬼だった父レオンは棺に籠もって永い眠りについてしまったとか。
赤子の姿で産まれたレイチェルを育てたのがこのシャザールだった。
繁殖期でもないのに生誕した上級吸血鬼と下級淫魔の混血児は、本来の魔族ならば有り得ない幼少期を経て、三年の歳月をかけてようやく少年の姿にまで成長し、百四歳となった今日、成体ではないけれどあとひと息! ぐらいにやっとこさ育った。
レイチェルの出生は不可解な部分が多く、全てを知るはずのシャザールは成体 になってからとはぐらかせてちっとも教えてくれないのだ。
マリアは、魔界の掟に背いた大罪人だ。
それに比べたら校則違反なんて小さい小さい!
ケラケラと笑ってそう言うと、シャザールは小難しい顔で己の眉間をきゅっと摘まんで渋い表情で言った。
「アレは悪いお手本です。同じ影響を受けるのならば気高く聡明なレオン様を見習って頂きたい」
「うわあ、また始まったよ。オマエのレオン廃」
シャザールの家系は代々貴族であるサーシャ家に仕える長寿の一族だ。
シャザールは、レイチェルの父レオンの側遣いとして屋敷 にいたらしい。
「せっかく見た目はレオン様にそっくりなのにもったいないッ!」
「へえ~。オレそんなにレオンに似てんの?」
レイチェルは少し首を傾げてシャザールを見た。
「……はい。年々似ておいでになります」
シャザールが少し眩しそうにレイチェルを見た。
魔界では異質な蒼い髪も蒼い瞳も父親譲り。
いつも小うるさいシャザールが、レオンの話をする時だけは穏やかな空気を纏う。
「でも、破天荒でトラブルメーカーなところはマリア様そっくりですよ。その紅い瞳もね」
シャザールがレイチェルの母マリアの話をする時は纏う空気が刺を孕む。
キライ、なのだろう。
主 を根こそぎ持っていった淫魔の女が。
「マリアはどんな女だったの?」
「……そうですね。現れるなりレオン様を振り回しっぱなしで、ひたすら強引に好意を押しつけて。最初から最期までメチャクチャな方でしたね。かつてない規格外な方ですよ。……でも、レオン様はそんなあの方に惹かれていったのでしょう」
シャザールの伏せた瞳。
苦々しく静かに語るそれを聞きながら、レイチェルは屋敷の壁に掛けられた肖像画でしか見たことのない両親に想いを馳せる。
蒼く長い髪、蒼い瞳のキレイな顔の吸血鬼は、とても優しい穏やかな微笑を浮かべていた。
緋色の髪と瞳をした鮮やかな美貌の淫魔は、豊満な肉体に美しい微笑みで、蒼い吸血鬼と仲良く身を寄せ合っていた。
何がどうなったら、上級吸血鬼と下級淫魔が結婚することになるんだろう。
そんな両親の恋物語にレイチェルはすごく興味があった。
だって、そんな身分違いの大恋愛がありなら、レイチェルだってゼアスとワンチャンあるかもしれないではないか!
「ねえ、マリアとレオンの出逢いとか聞きたいッ」
思わず身を乗り出してそう言うと、シャザールは至近距離にあったレイチェルの顔を手のひらでぐい~と押し戻すと大きくため息をついて言った。
「な~にを呑気なことを。担任の先生から逐一聞いておりますよ。貴方の数々の不祥事。何度すっ飛んで来ようと思ったか。どうか任せて欲しいと言うので一年だけと言う条件で我慢していたんです。人間でいうところの思春期なのかもしれませんとかマーサに言われて、私は本当にこの一年干渉せず堪え忍びました。な~のに、何ですか! 今回単位を落としたら留年とか! 嘆かわしい!」
「げげっ」
(まずい。まさかの全部筒向けだった!?)
「だいたい何ですか。その衣装は! まるで淫魔じゃないですか! 由緒正しい吸血鬼の跡取り息子がたった一年でこの変わりよう。今日という今日はお屋敷に連れて帰りますからねッ!」
シャザールは、レイチェルの黒いハーフトップにショートパンツ。そして、ロングブーツにヘソ出しスタイルな出で立ちを見て、本日二度目の「嘆かわしいッ!」を言って頭を抱えた。
「留年なんかしたら承知しませんからねっ! 早く進級試験に行ってらっしゃい!」
「今から行くってばもう~ッ」
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2023.12.2
ニコ
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