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エピソード1『百年越しの恋心』
レイチェルが在学する淫魔学校は、男性型淫魔の全寮制スクールだ。
「本日は昨日の授業を実践すべく人間界に各自赴きなさい。教科は『狩り』です。ペアを組んでも構いません。七限目が終わるまでには戻り、報告書 を提出するように」
今朝の朝礼の時に、校長兼担任のゲルハルト・ベインリヒが薄く笑ってそう言った。
「後期の『狩り』の授業はこれで終わり。明日の終業式が終わると一ヶ月間の学期休みです。単位が足りない者は補講があります。分かっているとは思いますが『狩り』は一年次の必須科目です。いくら単位制といえども必須科目を落とすと進級できませんよ」
白い軍服に合わせた軍帽の鍔 の下から、縁なし 眼鏡の下で水灰色 の眼が意味深に光る。
明らかに相手を特定した物言いだ。
レイチェルは思わずサッとうつむき目を逸らした。
(うぐぐ。ちくしょうめ!)
「うざ~いっ!」
寮の自室に戻ったレイチェルは、ベッドで大の字になったままそう叫んだ。
白いシーツに襟足を肩甲骨まで伸ばした蒼髪が散る。
通常ならば相部屋であるはずの室内はレイチェルの私物だけで溢れていた。
なぜなら、この学校でレイチェルだけは個室なのだ。
レイチェルはどうも『問題児』と呼ばれるヤツらしい。
「んだよ、校長のヤツ。ペアなんて組むヤツなんか今更いないしっ」
不貞腐れたようにボヤきながら天井を見上げた。
淫魔ならではの『魅了眼』
コレが他より突出しているらしいレイチェルは、目を合わせただけで相手をその気にさせることができる。
いいじゃないか。優秀じゃん!
というほど事は単純ではなく、淫魔同士の交わりは校則で禁止されている。
練習程度はいいが本番はダメ。
ぶっちゃけていうと、フェラは見逃しても挿入はダメ。
挿入した側が精気を喰われるため、校内では困るわけだ。
トラブルは御法度ってわけ。
これでも由緒正しいスクールらしい。
でも、目が合っただけでレイチェルが望まなくても相手はその気になってしまうのだ。
同室ともなれば、毎晩『快楽の宴』状態である。
レイチェルとしても、淫魔だから誘われたら乗るし。挿入 れられたら当然美味しくいただくに決まっている。
で、バレた。
相手は精気を吸い尽くされる寸前で運び出された。
(オレだけのせいっ!? 寝てたら乗っかってくるんだもん。しゃあないじゃんかっ)
いや。それだけじゃない。
レイチェルの場合『性欲』と『食欲』はイコールなのだ。
挿入 れられて、精気を喰ったら。
――――飲みたくなる。
あったかい赤い、アレ。
だから、イッた後にはたいてい相手の首筋に咬みついて血をいただいてしまう。
相手も咬まれたらキモチイイみたいなんだけど、精気も血も啜られちゃうわけだから、かなりタチが悪いらしく。
貴族じゃないんだから普通に死ぬこともあるわけで。
いや、死んではいないけども、同室者の意識不明が立て続けに三件続き。
さらに『集団レイプ事件』が続いた。
レイチェルの淫気 に惑わされた生徒たちが、数名で画策して無理矢理犯そうとしたのだ。
しかし、結果は同じ。
輪姦 されたけれど、しっかり全員美味しくいただいた。
全員精気を抜かれて、ついでに血も抜かれて、瀕死の彼らを前にお肌ツヤツヤのレイチェルだけが立っていた。
それ以来、校内の誰も目を合わそうとしなくなった。
(ま、卒業がかかってるから。オレだってトラブルは御免だし!)
そんなこんなで、レイチェルだけは個室と学校側で決定したらしく。
おかげで悠々自適な快適ライフ。
「……ん、ぁ。ア……ふっ」
だから。
こんなことだってできちゃう。
「んっ……、ゼアス……ッ」
レイチェルは瞳を閉じて愛しい悪魔 の名前を唇に載せた。
そして、ベッドに横たわった身体を自ら愛撫し始めた。
「ふ、……ぅん」
さっそく、薄く開いた唇からは悩ましい吐息が漏れてしまう。
ぷっくりと勃ち上がった胸の粒を摘まんで捏ねると全身に甘い痺れが走り、ひうっと小さな悲鳴があがる。
もじもじとしなる熱の中心にツッと肌を撫でながら手のひらを滑らせた。
脳裏に浮かぶのは五大悪魔ゼアス・サイファの氷のように冷ややかな美貌。
百一年前から。
初めて出逢ったあの日から、名前も知らないあの悪魔 を忘れたことなどなかった。
次にあの悪魔 の姿を見たのは魔法学校に入学してすぐ。
あれからもう一段階成長を遂げたレイチェルは人間でいうところの十六歳くらいの外見にまで成長し、念願の百年制の魔法学校に入学した。
あの日、レイチェルは校庭で呆然と白い空を見上げた。
それは、魔界の民に向けて空一面に映し出された映像。
新しく即位したという魔王様の王位継承式の様子だった。
新しい魔王様の紹介の後で、新世代の五大悪魔たちが次々と白い空に映し出された。
魔王様の隣にスラリとした長身で佇むその美しい姿を目にした時、レイチェルは我が目を疑った。
『第一大悪魔ゼアス・サイファ』
それが彼の名前だと知った。
『第一 』……、つまり、五大悪魔の中でも一番高い位を冠している。
黒い翼に艶やかな黒髪。
冷ややかな青紫色 の切れ長の瞳。
魔力に比例した圧倒的美貌は、不機嫌そうに眉間に皺を刻んでいても美しい。
彼は黒衣に濃紫色の長いマントを着け、腰に剣を差していた。
白金 の装飾に青紫色の宝石 の耳飾りが耳輪を飾る。
お城には誰でも行けるわけじゃなくて。
上級魔族以上で、さらに許可証が必要なんだとか。
「五大悪魔様の許可証は特別仕様の耳飾りで、それぞれに似合いの宝石と細工が施されているのですよ」と教師が校庭に集められた生徒たちに説明をしている。
「ゼアス様カッコイイ~!」
生徒たちがキャアキャアと黄色い悲鳴をあげている。
レイチェルは呆然と立ち尽くした。
あれは、たった数ヶ月前だった。
手を伸ばせば触れられた。
またあの場所で逢える日がくることを夢見ていた。
二つの月が並ぶ白い空に映し出された彼は、何か耳打ちされた様子で隣に立つ同胞を不機嫌そうに一瞥し、仏頂面で唇を動かした後また前を向いた。
レイチェルはニコリともしないゼアスだけを目で追い続けた。
他の情報なんて少しも入ってこない。
……あの日、彼に出逢えたのは奇跡だったのだ。
上級悪魔だと、思っていた。
まさか、大悪魔で、さらに五大悪魔サマだったなんて。
遙か空の上の、許可証がないと入れない魔王城で魔王様の警護をする身分のたった五名の選ばれた大悪魔。
それも一番エライひとだった……!
『癒やしの泉』でいくら待っても、もう彼が利用することなどないのだろう。
その晩は名前を知った嬉しさと、とんでもなく身分違いの恋に打ちのめされて一睡もできなかった。
手の届かない悪魔 だと思い知っても諦めきれない。
早く淫魔学校を卒業して上級淫魔になりたい。
そうしたら、許可証を貰えてお城に行けるようになる。
そうしたら、もう一度ゼアスに逢えるかもしれない。
「アッ、ひあっ、あぅッ……っ!」
室内にクチュクチュと卑猥な水音と衣ずれの音が響く。
反り返った自身を慰めながらただ喘ぐ。
「ぜあすっ、ぜ……あすっ、ん、ぁあんっ、やぁっ!」
自身を扱く右手のスピードが上がる。
『……レイチェル、厭らしいな。ほら、こんなに涎を垂らしてグチョグチョだ。もうイきたいのか?』
ゼアスの低く艶のある声が耳元で囁く。
「あんっ、ひぁ、らめっ、も、イクッ! ぜあすっ、あっ、あっ、アッ、――――ッ!」
ビュクッと勢いよく白濁を吐き出した自身がビクビクと震えた。
はあはあと、快楽の余韻に喘ぎながら息を乱し弛緩する汗ばんだ身体。
――――あの悪魔 が忘れられない。
――――あの悪魔 の血の味が忘れられない。
甘くて、苦くて、たまらなく豊潤な薫り。
痛そうに歪めたキレイな顔。
霞んだ青紫色 の切れ長の瞳は宝石みたいにキレイで。
艶やかな黒い髪が、黒い両翼が、ぞくぞくするくらい似合っていた。
首筋を舐めたら滑らかで、あのまま牙を突き立てたらどうなっていただろう。
『……ねぇ、咬んでもいぃ?』
彼は否定も肯定もしなかったけれど、諦めたように閉じた瞳は明らかに魅了眼にヤられていた。
今でも、まだ効くだろうか?
五大悪魔にもレイチェルの魅了眼 は有効だろうか?
「ゼアス……ッ」
ゼアスに抱かれたい。
ゼアスに名前を呼ばれて、抱きしめられたい。
ゼアスの熱を胎内 で感じたい。
深く奥まで貫いて欲しい。
お願い。何度も何度も突いて、挿れたり出したりしてグチャグチャに溶かして?
ゼアスの甘くて苦いあの血の味をもう一度味わいたい。
こんなキモチは誰にも抱いたことはない。
『食事』ではなくて『抱かれたい』などと。
これを『恋』といわずしてなんと呼ぶというのか――――。
そう。一目惚れなのだ。
幼いあの日にレイチェルは恋をした。
その想いは百一年経った今も色褪せることはなく募るばかり……。
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