18 / 26

◇特別試し読み/冒頭サンプル ◆第一章より抜粋  ~落ちこぼれ主人公の試験の一幕~

だってインキュバスなんだもん仕方ない☆貞操観念ナニソレ美味しいの? 第1巻[Incubusシリーズ] 著者             ニコ 表紙イラスト    NEOZONE 発行       ニコドロップ文庫 ※このお話はフィクションです。悪魔や天使の名称も創作です。  ご了承の上お楽しみ下さいませ。 ◇特別試し読み/冒頭サンプル ◆第一章より抜粋  ~落ちこぼれ主人公の試験の一幕~ 「君の名は?」 「オレ? オレはレイ……」  思わず答えかけて、レイチェルはハッとする。  ――――『真名』を告げてはならない。  相手が心得ある者ならば支配されてしまう恐れがあるからだ。  魔族は生まれ出でた瞬間から誰にも告げてはならない『真名』を持っている。  レイチェルはシャザールの教えを思い出して思わず黙ってしまった。  別に『レイチェル・サーシャ』は教えてもいい部分なんだけど。  ただの人間相手にどうしてそんなことを思い出したんだろう。 「……レイちゃん、か。いい名前だね」  男はレイチェルの偽りの黒髪を長い指先で梳きながら艶っぽくそう言った。  どうやらレイチェルの言いかけた名前をそのまま受け取り解釈してしまったようだ。 「ちょ、触んな。なんなんだよ。オレ、帰んないと!」  レイチェルはその手をぺしっとはたき落として半身を引いた。 「『帰りたくない』と言っていただろう?」  囁くように言いながら、男は構わずシートに片膝を乗せ身を乗り出してきた。  ぐっと距離をつめられてレイチェルはシートに背をつけて怯んでしまう。  そうこうしている間に横長のデカイ車窓からはネオンが尾を引いて流れていく。  だんだんと辺りは薄暗くなり、車は舗装された坂を静かに登り始めた。 (えっ、なんか急に山ん中なんだけど?)  うっそうとした木々が生い茂る山の中のカーブを何度も曲がりながら車はどんどん頂上を目指していく。 「……っ! アンタ、何考えてんだ。オレをどこ連れてく気だよ!」 「おやおや。元気がいいね。『ボク』じゃなくて『オレ』なんだね? 随分最初と印象が違うな」  おどけたように言って肩を竦める男を、レイチェルは精いっぱい睨みつける。 「あんなひどい目に遭ったのにね? まるで穢れを知らないような澄んだ瞳をしているのは、……何故だい?」  クイッと人差し指の背で顎を掬われ瞳を覗き込まれた。  値踏みするような眼差しをキッと睨み上げる。 (知るかよ! 五人喰ったからノルマ達成した。オマエは用ナシだ。ただソレだけ) 「ひどイ目に遭わせたのはオマエらじゃんか。何言ってんだ。ばあか!」  至近距離まで近づいた顔に向かって、レイチェルは嘲るように笑ってそう言った。 「まるで別人だ。……面白いね。君の素顔を剥がしてやりたくなったよ」  男が口端を上げて目を細めた。  ふいに頬を傾けられて、間近に半分伏せた艶やかな漆黒の瞳。  薄く開いた唇がアップになる。 (え。まさか。…………キ、ス!?)  レイチェルは目をかっぴらいた。 (コイツ、まさかこのオレに、キスしようとしてんの――――!?) 「やッ!? ~~ッ。やだっ! ててててめー、トンデモナイことをッ! やだっ、ぜったいダメ――――ッ!!」  レイチェルはズサアアア――――ッ! と広い車内の座席シートの端っこまでマッハで後退した。  はあはあと肩で息をし、両手で唇を押さえて思わず涙ぐんでしまう。 (あ、危なかった! オレの百年がッ! なんつーことしやがるんだ! なんて恐ろしいヤツなんだっ!) 「……キスがトンデモナイのかい? 不思議な子だね。『淫魔』のように見知らぬ男に平気で脚を開くくせに、『聖女』のようにキスを拒むのは……何故だい?」  驚いたように目を丸くしていた男が、うっとりするように目を細めながら甘く低い声でゆっくりと問うた。  思いがけない『淫魔』という単語にレイチェルは一瞬目を見開いてしまう。 「……オマエに関係ないだろッ!」  睨みつけてピシャリと言い放つ。 「……まいったね。本気になりそうだよ。レイちゃん」  男は額に手をやり至極愉しそうにくつくつと笑い出した。 (な、なんなんだコイツ!? 頭イカレてる!) 「旦那様。到着致しました」  ちょうどその時車が停まり、前方で運転手の声がそう告げた。  ガチャリと運転手がドアを開けて恭しく一礼した。  レイチェルはチャンスとばかりに運転手を押し退けて外に飛び出した。 「うわっ!?」  周囲は薄暗く、人里離れた山頂にいることを知る。  街の灯りが遙か遠くの眼下に小さく見えた。  ブ……ゥンという微かなエンジン音に振り向くと、やたら胴体の長い黒塗りの車が運転手だけを乗せて山を下りていく。 (げっ、ウソ? 置き去りにされた~ッ!?)  レイチェルは目を剥いた。 (コレ、ただの人間ならかなりの大ピンチじゃん! コイツ本気でイカレてる!)  でもレイチェルはレイチェルで今とっても大ピンチであることに気づいてしまった。 (ぎゃあああ――――ッ! ブレスが赤くなってるゥ――――!?)  黄色だったはずのレイチェルの左手首のブレスは、今どう見ても赤色だ。 「い、いつの間に!」 (全然気づかなかった!) 「さっき君が寝ている間に、シャランと音がして色が変わったんだ。不思議なブレスレットだね」  男の呑気な台詞に、レイチェルはブレスに視線を落としたまま顔面蒼白で呟いた。 「今すぐ帰らないと……っ!」 「それはできない相談だね。何故なら、君は今日からここで暮らすんだから」  謳うように背後から告げられて、レイチェルはカチンとキた。  このヘンタイのイカレ野郎にこれ以上つき合っていられない。  レイチェルは、くわっと牙を剥き出しにして『誰がだ。死ねボケッ!』と叫ぼうと勢いよく振り返った。  ふいに。  ザアアア――――ッと風が吹いた。  見れば、榊原聖が立っていた。  スラリとした長身の男の黒髪が風になびく。  高そうなスーツを着ていたはずなのに、今は詰襟の黒い上下。  男はゆっくりと長い両腕を広げてみせた。 「ようこそ、レイちゃん。私の隠れ家へ」  それは、我が目を疑うような光景。  男の背後に厳かにそびえ立つのは、三角屋根の先端に十字架を掲げた白亜の教会。  チャリ……ッ。  男の胸元にはシルバー十字架(クロス)のネックレスが揺れている。 (うぎゃっ!? 十字架――――!?) 「私はIT企業の代表取締役と神父の二つの顔を持っている。この教会は日曜礼拝以外は閉めている。誰も助けになど来ないよ」 (ししし、神父だとおおおお――――ッ!?) 「君を帰す気は最初からさらさらない。君はここから出られない。君を閉じ込めて、私が一生可愛がってあげる。君が、壊れるまで……ね」  艶然と口端を吊り上げて笑いながら両腕を広げて陶酔したようにそう告げるヘンタイ腐れ神父。 「大丈夫。地下室は完全防音設備だよ」  さらに、輝く笑顔でそうつけ加えられて。  レイチェルは、ぶわわわわーっと全身に鳥肌が立った。 (ぎゃああああ――――ッ! エライこっちゃッ)  レイチェルは、こうしちゃいられないっと身を翻し全力で駆け出した。  ――――ファンッ!  風のように駆け抜けながら身体に蒼い光が纏い後方へと流れた。  瞬時にレイチェルは本来の姿に戻る。  人間界の衣装から、魔界のソレへ。  偽りの黒から本来の蒼へと変化する髪と瞳。  バサアッ! と黒い羽を大きく広げて空高く舞いあがる。 (十字架、キライ、キライ、ダイッキラーイっ!!) 「魔界へ……、()()()!」  至ってシンプルなレイチェル専用の呪文を力いっぱい唱えると、真っ黒くてまんまるい孔が空にポッカリと出現した。  身体ひとつ分くらいのソレに大急ぎで飛び込みひとまず安全を確保する。  この間、約三秒。  レイチェルは逃げ足だけは速いのだ。  レイチェルは顔だけを孔からひょっこりと出すと、地に立ちこちらをポカンと見上げるヘンタイ腐れ神父を見下ろした。 「だああれが、テメーなんかに飼われっかよ! テメーらの精気は酒とタバコ臭くてマズかった! 進級かかってっから仕方なく相手してやったんだ! 頼まれてももう喰ってやらん! 狩ったつもりが狩られたことを思い知れっ! こんのヘンタイ腐れ神父がっ。バアァ――カッ!」  レイチェルは思いっきりアカンベーをしてみせると大急ぎで空間を閉じて逃げた。  星空に浮かんだ空間はポンッ! と可愛らしい音を立てて閉じ、後には限り無い静寂だけが訪れた。  ◇◇◇ 「見たかい? ガブリエール」 「はい。アレが()()……」 「――――そう。アレが我々の計画の大事な駒。禁忌(タブー)の子供『レイチェル・サーシャ』だ。上級吸血鬼と下級淫魔の混血というのはこの目で見るまではにわかには信じがたかったが」  神父は夜空を見上げたまま、感心したように呟いた。  輝くような空色の鮮やかな髪と、キラキラと輝く気の強そうな蒼い瞳。  あれは、おそらく魅了眼だろう。  人間たちがすぐに我を忘れてむしゃぶりついたのは傑作だった。  いや、己とて例外ではないのだが。  脳裏によぎるのは、男たちに交互に犯されながら喘ぎ啼く淫らな肢体。  なんとも蕩けるような名器――――。  そして、先ほどの睨みつけてくる蒼い瞳。可愛い顔をして随分と口の悪いことだ。  黒のハーフトップとショートパンツにロングブーツ。  淫魔特有の衣装を着ていたな。  誘うように露出した美麗なヘソと眩しいほどに白い肌。  口端からキラリと覗いた真珠色の小さな牙に、魔族特有の尖った耳が愛らしい。  黒いつるりとした羽はなんとも淫美だ。  まるで蒼い宝石ではないか。  魔界にはない彩りを纏う希有な存在に、興味が魅かれて仕方がない。 「まいったね、そんなつもりではなかったのだが」  ――――()()、欲しくなってしまった。

ともだちにシェアしよう!