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◆過去編①より抜粋  ~大好きだった、はずなのに~

「くっ、締める、な……ッ!」  達した時の締めつけに、たまらず男は胎内(ナカ)に欲望を吐き出した。 「あっ、くうっ……!」  レイチェルが加減なしに精気(シロ)を搾り取ってやると、背後で男は呻きながら顎を反らし、ビクビクと身体を震わせるなり地に滑り落ちた。  男がドサリと横たわり霞む眼差しを上げると、わずかに息を乱しながら艶然と微笑む紅い瞳の淫魔が覗き込んでいた。 「まだ、だよ」  レイチェルの可愛らしい唇から真珠色の牙が覗く。  「全部……チョーダイ?」  首筋に吹きかけられる熱い吐息。  ああ。己は『喰われる側』だったか。  男は漠然と理解し、激しい虚脱感に意識を失った。 「――――よせ。殺す気か」  男の首筋に牙を突き立てようとした瞬間、背後から声がした。  震え上がるような低音は怒気を孕んでおり、聞き覚えのあるそれに目を見開く。  レイチェルは振り返った。 「……ヴァン……キス?」  レイチェルはゆっくりと立ち上がった。  ザアアアア――――と風が吹いた。  ふたりの間に吹いた風は、長い青みがかった艶やかな闇色の髪と緋色の長いマントをなびかせる。  また、蒼く煌めく少し伸びた髪をそよがせ、羽織っただけの白いシャツをはたはたとはためかせた。  ヴァンキスが大きく目を見開いてレイチェルを見ている。  そのものすごく驚いた様子にレイチェルは小首を傾げた。  やがてヴァンキスが、忌々しげに金の双眸を細めて言った。 「貴様は、――――誰だ?」 「ヴァン……キス? どうしたの」  どうして、そんな目で見るんだろう。まるで知らない相手を見るみたいに。  はだけたシャツ一枚の姿で一歩踏み出す。  重力に従ってナカの白濁がコプッと卑猥な音を立てて白い内腿をツッ……と伝い滴り落ちた。 「……ッ! 何を、していた」  まるで悪夢をみているようにヴァンキスが頬を強張らせた。  どうしてそんなに怒っているの?  どうしてそんなに哀しそうなの? (どうしてそんなに汚いものを見るような目で、オレを見るの?) 「食事をしてた、だけ」  ポツリと答えた。そのまんまの返答。 「……その紅い瞳はなんだ」 「……最近、急に。欲しいと紅くなる。オレ、吸血鬼と淫魔の混血だから」  知らないはずないのに。皆知ってるのに。  なんで、そんなに苦しそうな目で見るんだろう。  「欲しいモノとはなんだ」 「赤と白、ドッチも」 「……なんと強欲なことだな」  ヴァンキスは苦々しげに唇を歪め嗤った。 「うん。でも、なんの魔力(チカラ)もないよりずっといいよ。ヴァンキスの言ってくれた通り、オレ成長してるよ。早くそれ、伝えたくて、逢いたかった」  レイチェルは、笑った。  ヴァンキスも、笑ってくれるかと思った。  いつもみたいに。  ファサ……といつかみたいにマントが肩にかけられた。  外側が黒くて内側が緋色のヴァンキスの足元まである長いマントはレイチェルの全身をすっぽりと覆うのに十分だった。  見上げれば、金の双眸がわずかに優しい光を浮かべてそこにあった。  ホッとする。 (怒っているのではなかった? オレの気のせいだった?) 「……()()()とは、違いすぎる」  苦々しげな独白にレイチェルは、言葉が出なかった。 『あの時』とは初めて出逢った時をさすのだろう。  どう違う? 何が違う?  あの頃の無力な自分は、何を思い何を感じたのか。  ぼんやりと白んだ頭では今更すぎて思い出せない。  変わりすぎたのがいけないのか。  成長してはいけないのか。  ヴァンキスが、苦しそうにレイチェルを見るけれど、レイチェルには何も分からない。 「我に逢って、……どうする気であった? そやつらと同じように貴様に赤と白を捧げて欲しいとでも……?」  哀しそうな表情で、どちらかと言えば優しげとさえ取れる声音での問いかけに、なんと答えればいいのか一瞬悩む。  今ここに転がっている男や、今まで喰らってきた顔も覚えていない名も知らぬ者たちと、ヴァンキスが同じであるはずがない。  でも、親友のラズみたいに。  助けてくれたら助かる。 『トモダチだから』  ラズにそう言われた時にすごく心があたたかくなった。 (オレもオマエとそんな風になりたい) 「……オレが困った時に、ヴァンキスさえよければ助けて欲しいと思った。オレの血も他の吸血鬼になんかぜったいヤだけど、ヴァンキスにならあげられるって思うし。オレ、ヴァンキスのこと、大事な……『トモダチ』だと、思ってるから!」  最後は照れ臭くてうつむいてしまった。  どうしよう。顔が熱い。 「――――友……だと?」  ヴァンキスが息を呑むのが分かった。 彼がどんな表情だったのかはうつむいていたレイチェルには一生分からない。  ただ、ポツリと掠れた声がそう言った。  空気が震えて、何かが音を立てて壊れた。  なぜだかは分からないけれど、そう感じた。  レイチェルはそんな異変にざわっと肌が粟立ち、瞠目した。 (ナニ……、今、なんか?)  驚いて顔を上げようとしたら、強く肩を引かれた。  グイッと顎を掴んで覗き込まれて、金の双眸の奥に覗く深い闇に呑み込まれそうになる。 「まだ、紅いな……。足りぬのか?」  言い当てられて、ドキリとする。  だって、いいところでジャマされたのだ。  意識するなり猛烈な乾きに息があがる。 「はあっ……、ん。血が欲しぃ……白の後はどうしても赤がないと、苦しく……なる。ね、ヴァンキス、交換、しようよ……」  卒業が迫ると吸血鬼の間で流行っていた『血の交換』  なかよし同士で、交代に飲んで与え合って飢えを満たす。  レイチェルは何度か誘われたけれど断った。  するんなら、ヴァンキスとしたかったから。 「……甘えるな」 「え……?」 「我を、他の奴等と同じだと思うな。貴様など我の下僕にすら足りぬわ」 「な、ん……」 「トモダチだと? 笑わせるでない。貴様にそのような感情、露程も持ち合わせたことなど一度たりともありはせぬわ」  吐き捨てるような言葉の刃に、切り裂かれた気がした。 「『血の交換』など有り得ぬ。それは対等の者同士がすること」 「ヴァン……」 「何故なら、貴様は我に()()()()()だからだ。忘れるな。貴様は我の――――()だ」  そう言って残酷に口端を上げたヴァンキスを、レイチェルは悪夢をみるように見上げていた。 (エ、サ……?)  ぶわっと覆い被さった大きすぎる影に身を包まれたと思ったら首筋に熱い吐息。  カハッと獣のように開かれた口には、鋭利な白い牙。  レイチェルは恐怖に紅い瞳を大きく見開いた。 「ぃやあぁぁぁ……ッ!」  ブツリと肉の裂ける音に悲鳴をあげたが、ほとんど声にはならなかった。

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