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◆弟二章より抜粋  ~百年越しの願いが、砕ける~

「ア、アンドリュー! や、やだっ。やっぱり、やめて! これってなんか、いつもの『食事』じゃないもんっ! オマエとはシたくない!」  ピクリとアンドリューの頬が強張る。 「その言い方。まるで……、他の誰かとならシたいみたいに聞こえるんだけど」 「うん、そう! オレは『食事』じゃないえっちは、『好きなヒト』としかしない!」  そう言った自分にびっくりした。  ほわんと胸があたたかくなった。 (オレは、ゼアスとしか恋人えっちはしたくない)  なんだろう。この気持ち。  頬が熱い。 「『好きなヒト』……が、いたの?」  淡い翡翠色(ペリドット)の美しい瞳にほの昏い(いろ)が浮かぶのをレイチェルは見た。  ずるんと蕾から抜き去られた長い指に、ひあっと声が漏れそうになるのを息を止めるようにして堪える。  呆然と目を見開くアンドリューに、レイチェルは慌てて膝を閉じシーツを手繰り寄せて身を隠しながら話しかける。 (よかった。やめてくれた。話せば分かる。アンドリューは優しいから) 「うん、聞いて。オレ、三歳から一目惚れでさ、もうずぅ~っと好きで。百一年間も片想いなんだ! だから、オマエとは恋人にはなれないんだよ。でも、だからっ、トモダチっ! トモダチになろうよっ。トモダチはさ、別れがないからずっと一緒だよ?」  レイチェルはトモダチって大事だと思っている。  アンドリューには赤白要求しなくてもなかよくしたいって思えるし。 (マズいから、いやまあそうなんだけど) 「……誰?」 「え?」 「君の好きな相手。……名前と種族は?」  うつむいてしまったアンドリューは、長い前髪で表情が見えない。  抑揚のない声音で低く問われてたじろいでしまう。 「な、んで。そんなこと……」 「――――殺してきてアゲル。君の大事なヒト全部。そうしたら君は、僕しか見えなくなる」 (――――は?)  目の前で、天使と見紛う穢れなき笑顔で、白い悪魔は謳うようにそう言った。  残忍な弧を描く口元を悪夢のように見上げる。 「は、はああ!? こっ、殺すとかっ、な、なにバカなこと。アン、ドリュー……? 冗談ばっかり……」  ははっと引きつった笑いを浮かべてようやくそう言った。 「レイチェル。僕は君が好きなんだ。誰にも渡さない」  狂気じみた光が淡い翡翠色(ペリドット)の瞳を過った。  そっと白い手がレイチェルの頬を包み、クイッと顎を掬われる。  傾けた整った顔がアップになって、長い金の睫毛が半分伏せられる。 (待って、近くない!?)  半強制的に薄く開いたレイチェルの唇に、柔らかいソレが……、ヒタリと重なった。  ふわりと薔薇の薫りが鼻腔をくすぐる。 「んう……ッ!?」 (ふえぇ――――!? ナニ、コレ、ナニコレ、なんなんですかぁあ――――!?)  突然のことに状況が全く把握できなくて、微動だにできない。  ぬるっと滑ったあたたかいモノが咥内に入り込む感触に、レイチェルは目を限界までかっぴらいた。 (ウソッ!? 待って!? キ、キス、されてるうううう――――ッ!?)  ちゅく……ピチャ……。 「ん、ふぅ……んぅ……ッ」  咥内を這い回る舌のぬるぬるした感触に、ぞくんっと身体の中心に熱の塊が落ちた。 (ひっ、ぃや、ア、なんかっ、んんっ! コ、コレ、や、やらしいっ!)  知らなかったっ! 『キス』って、こんなにえっちぃんだ!  突然降ってきた口づけは唐突に始まり、そして後頭部を引き寄せられてさらにねっとりと深く繋がる。  アンドリューの舌がレイチェルの咥内を隈無く蹂躙していく。 「んっ、はぁ……ふぁ、やぁ……、んむっ? んぅ~っっ」  じわり……っと唾液を流し込まれて、薔薇の薫りに意識を刈り取られそうになる。  とにかく息の仕方が分からなくて、苦しくてぱたぱたとアンドリューの胸を叩く手はすぐに掴まれて、さらに唇を深く塞がれてしまう。  思わず生温かいソレを、コクリと嚥下してしまった。  喉の奥がカッと熱くなり、すぐに身体中に熱が広がった。 (な、に? コレ……。なんか、ヘン……)  クラリと目の前が蕩ける。 「そう、上手に飲めたね。イイコ……」  少し唇を浮かして艶やかに満足げに目を細めて微笑みながら、アンドリューは手首を掴んだまま、再びレイチェルをベッドに押し倒した。 「……はあっ、はあっ、ん、ケホッ、カフッ、ふぇっ、ぅ、うぅ……っ!」  やっと口づけから解放されて、酸素を取り入れようと大きく息を吸い込むなりむせ返ったレイチェルは、苦しさに涙ぐみながらそんなレイチェルを愛しげに見下ろす金髪の悪魔を恨めしげに睨み上げた。  息が整ってくるとじわじわと怒りが込み上げ、身体をぶるぶると震わせてレイチェルは呟いた。 「……っ! ひどい。ハジメテだったのに……! キスは、キスだけは、大事に大事に……、恋愛成就のオマジナイしてたのに。せっかく、ひゃ、ひゃくねんも――――ッ! ふぇ、うぇっ、うわ――――んッ!」 (……もう、おしまいだ。ゼアスに逢えない。だってオマジナイがなければ、五大悪魔のゼアスはホンット~に高嶺の花ってヤツで。オレなんかの相手をしてくれるわけがないんだから)  だから。信じてたのに。  ひとつひとつ煉瓦(れんが)を積み重ねて足場を造るかのように。  切り立った崖の上に咲くこの世にたった一輪の青紫色(アメジスト)の美しい(ゼアス)。  それがどうしても欲しくて、それ以外欲しくなくて、レイチェルは毎日毎日煉瓦を積んだ。  百一年の歳月が流れ、ようやく手が届く。そんな瞬間に足元が崩れ落ちた。  ガラガラ~ッ! と煉瓦が崩れて足場を失ったレイチェルは、宙に手を伸ばしながら奈落の底に落下していく。  瞳には凜と気高く咲き誇る『(ゼアス)』が小さくなっていくのが最後まで名残惜しげに映し出されていた。 (また、百年オアズケなんて気が遠くなる――――ッ!) 「またやり直しじゃないかっ! アンドリューのばかあああっっ! タコッ、カスッ、ハゲッ、さいあく、さいてーっ!」  レイチェルは癇癪を起こし、ボロボロと涙をこぼして泣きじゃくりながら起き上がり、近くにあった枕を引っつかんでアンドリューに向かってバシバシと叩きつける。 「……そう。僕とのキスがハジメテだったなんて光栄だな。恋のオマジナイ? そういうの信じちゃうの。淫魔なのに百年もファースト・キスを大事に取っておくなんて驚いたな。レイチェルはすごく一途なんだね」  アンドリューはレイチェルにされるがまま、しみじみと感心したように形の良い唇を指先で撫でながらそう言った。 「……恋人としかセックスしたくないとか、キスは駄目とか。……貞操観念を持った淫魔なんてレアだよ」 「ていそう……ナントカ? なんだよそれ、わけわかんないこと言ってごまかそうとしてもダメなんだからな! ぜったい許さないッ!」  どこかで聞いたような言葉だったが今のレイチェルには心底どうでもいいことだ。 「オマエのせいでオレの百一年の想いが、台無しじゃないかああああ~ッ!」 「……なるほど。つまり、君の恋はまだ実っていないってことだよね?」 「は、はあっ? オマエがジャマしたんだろーがっ!」  がうっと尖った牙を剥き出して吠えるレイチェルの、涙で濡れた頬に、アンドリューは包み込むように優しく両手で触れた。 「ふふっ。……みたいだね。とても僕は幸運だ。ビッチで一途とか。こんな可愛い子どこを探してもいないよ。君の恋が実らなくて嬉しい」 「ど、どの口が言うか、このお~ッ!」  激昂して振り上げたレイチェルの拳はあっさりと躱され手首を掴まれてしまう。 「百一年分、僕とキスをしよう。もうオマジナイは必要ないよ。これからは……僕が君を愛してあげる」  アンドリューはうっとりと酔いしれたようにそう甘く囁くと、長い金糸の睫毛を伏せながら頬を傾けた。 「――教えてあげる。君の『運命の相手』はね、この僕だよ」  やたらキラキラした顔面が眩しい。 (こ、んの……ッ! 顔が良ければ何しても許されるとでも!?)  ※特別試し読み/冒頭サンプルはここまでです。  続きは本編でお楽しみくださいませ。

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