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◇第三章/夢にまでみた首筋 エピソード1『再会5秒前』
うっ、うわあああんっ!
レイチェルは泣きそうになりながら、ぎゅいーんっとスピードを上げた。
黒い羽を必死で羽ばたかせて魔界の白い空を翔ぶ。
そして、おそるおそる背後を振り返ると……。
ぎゃっ!? しっかりついてきてるぅ~~!?
【ま~ちなさいよっ! このチンクシャがああ~ッ! よくもアタシのアンちゃんをフッたわねッ。この身のほど知らずがっ!】
ひっ、ひぃいぃ~~!?
白い蛇がウネウネと鎌首をもたげながら空を駆けて追いかけてくるではないか!
しかも、なぜかオカマ言葉でっ!
さらに、なんか頭が三つもあるぅ!?
その内の一頭がものすごい形相で怒り狂っているのだから怖すぎるっ!
待て、と言われて待てるはずもなかった。
(っていうか! チンクシャ!? オレがっ!? このオレが――!? 侮辱だ。撤回しろ。オレは容姿だけが取り柄なのに――っ!!)
【くらえっ! 天ッ誅ゥゥ~~~~ッ!】
一匹の白い蛇の口がカパアッ! と大きく開いて鋭利な牙が剥き出しになるなり、口の中に碧の火の玉がキュウウウッと集まり始め、あっという間に大きくなり飛び出した。
「ぎっ、ぎゃああああ――――ッ!?」
碧の火の玉はレイチェルの蒼い髪を掠めていき、後方でドッカーンと派手な爆発音を立てた。
レイチェルは悲鳴をあげながら真っ逆さまに落下してしまう。
「ぴゃ――――!!」
【馬鹿者ッ! やめないか、ウロっ!】
【だって、ボロちゃん~! 悔しいんだもんっ。あんなヤツのどこがイイのよう~!】
【ウロ姐 さん、アンドリュー様が『髪一筋も傷つけちゃ駄目』って言ってましたぜ?】
【うるさいわね、スーちゃん! 分かってんのよッ。今のは脅かしただけっ。当てる気なんか最初からないんだからっ!】
【しかし、もし当たったら洒落ではすまない。勘弁してくれってほら、……見失ったではないか】
【ちょッ、な、なによ。アタシのせいなの!?】
【ヘイ。間違いなくウロ姐さんのせいっスね!】
【な、なによー。アンタたちー! アタシたちは三位一体アンドリュー様の遣い魔ウロボロス! いつだって連帯責任なんだからね!? あのアンちゃんに『連れ戻してきて』って言われてるんだからね! なんだかいつもと様子が違ってたじゃないっ。見失いましたじゃすまないんだからっ。きぃ~っ!】
【いいから探すぞ。そう遠くには行っていまい】
アンドリューの遣い魔ウロボロスとやらの賑やかな声を遠くに聞きながら、レイチェルは身を縮めてぎゅっと目を閉じた。
落下した先にあった木に運良く引っかかったのでケガはしていない。
木は青々と茂っていて上空からはレイチェルの姿をすっぽりと隠してくれているようだ。
連れ戻されるのはぜったいにゴメンだ!
このまま動かずやりすごした方がいいのかもしれない。
というか、羽が引っかかって動けない。動いたら派手な音を立てて枝葉が揺れてぜったいに見つかる。
ああ、重ね重ねなんの魔法も使えないこの身がうらめしい。
――――ついさっき、目が覚めた。
レイチェルはアンドリューとの激しい行為の後すっかり寝こけてしまい、どうやらそのまま朝を迎えてしまったらしい。
いったい何時間寝てんだ、ありえない!
まずい。昨晩の夕飯はマーサの手作りクリームシチューって話だ。
シャザール、ぜったい怒ってるだろうなあ。
レイチェルは、はああっと情けない顔でため息を漏らした。
「……レイチェル。よかった。目覚めてくれて。気分はどう? どこか痛んだりはしない?」
目覚めるなりアンドリューの思いつめたような天使な美貌がアップであって驚いた。
レイチェルは、瞬時に昨晩の営みが頭の中にフラッシュバックして息を呑み、タラタラと冷や汗をたらしながらとりあえず、ふるふるっと首を横に振る。
(……みなさ~ん、聞いてクダサイ! コノヒトねッ。こっ、こんなキレイな顏して、真 珠 入 り なんですよおおお~ッ! ドエスで鬼畜で、チョットおかしいんです~! なんか毎日ピアッシングして穴だらけにされちゃうらしいんですよ~! それが愛の証なんだって。どう思いますかァァ~っ!?)
なんて。レイチェルは、内心、ぎゃーっとか、ひーっとか、泣き叫びながらも、実際は固まったまま言葉もなくアンドリューを見上げていた。
「……そう。本当によかった。奇跡だね。なんだか、嬉しくて……、おかしくなりそうだよ」
アンドリューは、長めの金の前髪をくしゃりと握りしめるようにして、額に拳を当ててぎゅっと目を閉じた。
(いやいや。アンタはすでにいろいろとおかしいからね?)
アンドリューは、元気なレイチェルにすっかり感激してなんだか瞳を潤ませている。
どれだけひどく抱かれようとも『赤白』喰らったらケロッと回復しちゃう丈夫なところがレイチェルの自慢だ。
ま、今回はなぜか寝過ぎたみたいだけど!
なんか、寝過ぎたせいか、頭がボーッとして、時々目の奥がズキズキ、うん。かなりズキズキするくらいだ。
(でも細かいことは気にしないっ!)
きっと今までの相手はアンドリューの特殊プレイについていけなかったんだろうな。
ふむ。それでその反応ね。
レイチェルはひとりで納得してしまう。
「……ッ! レイチェル、今すぐにでも契約しよう。もう待てないよ。君を、……愛してるんだ。君と僕を契約という鎖で縛って。永遠にひとつになろう?」
(ハア? はああ?)
両手をぎゅっと握られて、キレイな金髪を揺らして淡い翡翠色 の潤んだ瞳で覗き込まれて。
それまでずっと黙りこくっていたレイチェルは、んぎゃっ! と弾けるようにそう叫ぶと、アンドリューの美しい手をパシッと振りほどいてベッドから飛び降りた。
当然のように全裸だったけれど、瞬時に魔法でいつものインキュバスな黒い衣装を身に纏う。
さすがのレイチェルもそれくらいはできるのだ。
逆にそれくらいしかできないともいうが。
アンドリューがなにやら残念そうな表情をしたが当然スルーだ。
レイチェルは、壁に背をつけてジリジリと距離を取る。
「オレっ、オレはねっ! なんか誤解してるみたいだけどっ! 本当は痛いのキライだしっ。ピアッシングとかマジゴメンだしっ。その、だからっ、オマエとは恋人にはならないよっ。そんな『契約』なんかゼッタイにしないっ!」
涙目で叫ぶように言うと、アンドリューは目を丸くしてから、ふふふっと花が綻ぶように可憐に笑った。
「レイチェル、可愛いね。大丈夫、僕が全部教えてあげる。君自身が知らない君のことも、これから僕が、時間をかけてゆっくり、とね」
アンドリューがキレイな白い手のひらを差し出して、ねっ? と小首を傾げてニコリと微笑 った。
薔薇の花弁のような形の良い唇がゆっくりと開く。
「大丈夫。君の『唯一の星 』は間違いなくこの、僕だよ」
吸い込まれそうに美しい淡い翡翠色 の瞳が、まっすぐに愛おしげにレイチェルに向けられる。
(わ――ん! またなんかわけの分かんないこと言ってるゥ! コイツ話が通じねー!)
コツンと靴音を立ててアンドリューが一歩距離を詰めるなりレイチェルはぴゃっ! と飛び上がる。
(やばい。逃げなきゃッ!)
レイチェルは血相を変えて近くの扉のノブに飛びついた。
「その部屋はやめておいた方がいいよ」
アンドリューが何か言った気がしたけれど構ってられない。
レイチェルは扉を開けるなり夢中で部屋の中に飛び込んだ。
「うわッ」
部屋の中は思いの外真っ暗で。
ナニカに足を取られて思いっきり転倒してしまう。
「ああ、ほら。急に走るからだよ」
声と共に部屋に灯りが射し込む。
部屋の入り口に立つアンドリューから影が伸びた。
レイチェルの足元に鎖が横たわっていた。
先端にはゴツゴツした枷がついている。
どうやらそれにつまずいてしまったようだ。
そして、その鎖を目で辿っていくと、部屋の隅に見上げるほどに大きな檻があった。
鉄格子の嵌まった、とても大きな檻。
ジャラジャラと伸びた鎖は檻の中から伸びていた。
(なんだ、コレ……? まるで)
「あ~あ、見ちゃった」
コツンと乾いた音を立てて、白い靴のつま先がレイチェルの視界に入った。
さして悪びれる風でもなく、アンドリューがゆっくりとした歩調で部屋に入ってきた。
そして、鎖を持ち上げながら鉄格子に手をかけてレイチェルを見た。
「これ、な~んだ?」
ジャラリと金属音が不穏な音色を奏でる。
「ななななんか、飼ってんの? デッカイ犬とか」
言いながら、ぞぞぞぞぞと鳥肌が立った。
だらだらと冷や汗が止まらない。
アンドリューの瞳に猟奇的な光がゆらゆらと揺れるのをレイチェルは見逃さない。
(やばい、やばい、早く立たなきゃ)
でも腰が抜けちゃってこれがなかなか……。
「犬というよりも、仔猫ちゃんかな?」
(わ――――! やっぱり、やばいヤツゥ!)
レイチェルは必死で這いずりながら窓際の壁に辿り着く。
ふいに、レイチェルの脳内にヘンタイ腐れ神父が出てきた。
『君を帰す気は最初からさらさらない。君はここから出られない。君を閉じ込めて、私が一生可愛がってあげる。君が、壊れるまで……ね』
艶然と口端を吊り上げて笑うヘンタイ腐れ神父。
脳内で両腕を広げて陶酔したようにクルクル回るアイツとアンドリューが……、ピタリと重なった!
(はわ~~!? た、大変だ! コイツ、アイツと同類項の『ヘンタイ腐れ悪魔』だった!? 逃げなきゃ終わる!)
レイチェルは慌てて背後のカーテンをまさぐって両開き窓のロックを探す。
カーテンの隙間から漏れる外光で手元が明るくなってほっとする。
見つけたそれを急いで外すと、勢いよくバンッと窓を開けた。
ビュウッと風が吹き込みレイチェルの蒼い髪を乱した。
薄暗かった室内から外の白い光が視界いっぱいに開けた。
(なん……、どこだここ?)
見下ろすと地面はかなり遠い。
いや、遠いなんてもんじゃない。
真下にある地面はともかく、もっと視野を広げるとまるで空の上に浮かんでるんじゃってくらい、眼下に白い空と雲が広がっている。
どうやらここはとんでもなく上空にある建物のようだ。
顔を上げると見慣れたはずの二つの月がすごく近くに感じられた。
魔界であることには間違いないようだけれど……。
「レイチェル。逃げられると思うの?」
アンドリューが余裕の笑みを浮かべた。
確かに、ヘンタイ腐れ神父から逃げられたのは場所が人間界だったからだし、相手がヘンタイとはいえ無能な人間だったからだ。
アンドリューには魅了眼もろくに効かなかったし、アカシロ絞り取っても返り討ちにあってつい先ほどまで爆睡かましていたばかりだ。
もうあとは翔んで逃げる以外術を持たない情けなさに泣けてくる。
(あ~! 北の魔女の瞬間移動の赤い石持って来てたらよかった!)
レイチェルは苦虫を噛み潰したような顔でアンドリューを振り返る。
「オレをその檻に入れて飼う気なんだろオマエ……ッ!」
「……レイチェルがそうしたいのなら」
「んなわけあるか! ぜったいにヤダ!」
レイチェルはアンドリューのふざけた返事に被せるようにそう叫んだ。
「……じゃあしないよ。君が嫌がることはしない。君は他の誰とも違う。僕のたったひとつの唯一の星だから」
アンドリューは、美しい声と天使のように清らかな美貌ではにかむように微笑 った。
花が綻ぶように可憐に微笑 ったアンドリューにレイチェルは面食らう。
もしかして、話せば分かってもらえるんだろうか?
神父とは違う、アンドリューは話せば分かってもらえるまともな悪魔だったりするんだろうか?
喉元過ぎれば熱さを忘れる、残念なレイチェルはそんな風に錯覚してしまう。
「あのね、アンドリュー。オレが嫌がることしないって言うんなら聞いて欲しい。このままオレが帰るのを追いかけないで欲しい」
「どうしてそんな寂しいこと言うの。恋人といっしょにいたいと思うのは自然なことだよね」
「だから……ッ。オレはオマエの恋人にはなれない。オマエとはこれっきりだ。オレが好きなヒトは……オマエじゃないッ」
こんな風に誰かを傷つけるような言葉を言ったのは初めてかもしれない。
自分で言いながら胸が痛い。
なんだかアンドリューの顔が見られない。
とたんに風が吹いて、レースのカーテンに攫われるように側のテーブルの上にあった豪奢なワイングラスがグラリと傾いた。
(あ……、割れる!)
とっさに手を伸ばしたら体勢を崩してしまい。
「わ、わ、わああ~~!」
レイチェルは思いっきりそのテーブルにスライディングして倒れこんでしまう。
目の前でワイングラスが勢いよくダイブし、アンドリューの顔の横、鉄格子の柵に激突した。
(ひえええ~~!)
同時に中に入っていたらしい銀色のナニカがたくさん、砕けたグラスといっしょに勢いよく霧散した。
ガッシャーン! と派手な音が室内に響き渡った。
「わわわわ、ゴメ、ゴメンね! 壊してほんっとーにごめんなさい! ……ッ。じゃ、そういうことで!」
レイチェルは風で閉まりかけた窓を再びバンッ! と勢いよく開けて、どさくさにまぎれて白い空にダイブした。
――――で、今に至る。
アンドリューの大きく見開いた淡い翡翠の瞳の中で砕けたグラスと銀色の光が無数の星のように煌めいて弾け飛ぶのを見たような気がした。
キレイな瞳を見開いて、まるで動けないみたいに立ち尽くしていた。
レイチェルの言葉に傷ついたのか、それともあの銀色のナニカがよほど大切なモノだったのか。
申しわけないことをしたと思う。
でもおかげで逃げられた。
――ああ、傷つけた。
ずきんっ、と胸が痛んだ。
本当ならトモダチになれたはずだった。
だって、可哀想。
天使と悪魔の混血で、たくさん傷ついて、たくさん寂しくて、孤独でタマラナイあの魂を、抱きしめてあげたいと思ったのは本当だった。
(オレには分かる。理解できる。だって、オレたちは同じだから。でも、オレはちゃんと幸せで。ちゃんと元気で。だから分けてあげたいって思った。オレの元気を)
『トモダチはイヤだよ。……恋人がいい』
そう言ったアンドリューは泣きそうな顏をしてた。
ゴメン。ゴメンね。
ひどいこと言ってゴメン。
初めて誰かに『好き』って言われた。
それは『恋人になって欲しい』と同義語の『好き』。
友達や家族のソレとは違った。
『愛してる』という最上級の言葉をもらったのに。
もっと嬉しくてときめくものかと思っていた。
でも、違うんだ。
あの悪魔 からじゃないと、意味がない。
だってちっともレイチェルの心は震えない。
(オレは、……ゼアスがいいんだ)
理屈じゃなくて、もう、ホントにバカみたいなんだけど。
『食事』抜きに欲情しちゃうのはゼアスだけ。
オカズにして抜くのもゼアスだけ。
(ひとりエッチって淫魔にとっては自虐行為だからさ。ホントにスゴイんだよ。分かんないだろうケド)
ゼアスじゃないと、ダメなんだ。
も、なんかね。そういう身体なんだよ。仕方ないだろ。
昔、レイチェルの片想いを知る悪友 に、この話を熱く語ったことがある。
『ハッ! あっきれた。ビョーキだね! 俺が命名したげるよ。名付けて『ゼアス病』! ……あのさあ、ホンモノに逢えば冷めるってば。レイチェルは、『恋に恋』して盛り上がってるだけでしょ。だいたい話したこともないのに、ゼアスの何がわかんの? どこにホレてんのさ! ああ顔か! 顔なんか三日で見慣れてすぐ飽きるのに。バッカじゃね。ホンット子供なんだから』
『~~~~っ! ラズ、てんめーっ! オレにケンカ売ってんのか、このーッ!』
『お前があんまり分かってないからだよ! バカバカバーカっ!』
『超~っ、アッタマキターっ!』
あの時は、怒りのあまり飛びかかって取っ組み合いのケンカになったんだっけ。
『ホンモノに逢えば、話せば冷める』
『恋に恋してるだけ』
そんな簡単なものだろうか?
ならどうして、百一年経った今も色褪せない?
それどころか、どんどん降り積もる雪のように、レイチェルはゼアスへの想いに埋もれていく。
何百回も夢にみた。
何千回もイメトレしてる。
貴方にもう一度逢えたら、思いっきり抱きついて、キスをして、百万回好きって言うんだ。
そしたら、キスのオマジナイでさ、パアアッて光に包まれて、ふたりはラブラブになっちゃうんだな、これがっ!
「――――ッ!?」
ぽわーん、と夢見心地なレイチェルの妄想が突如ピシィとひび割れる。
あああァァ――ッ!?
オマジナイ、失敗したんだっ……た。
(……アンドリュー! オレのキス、返しやがれ!)
しかもっ。一度ならずも、なんっかいもっ! 数えきれないくらいキスしやがって~~っ!
コンチクショウ――――ッ!
レイチェルは、隠れていることも忘れて握りしめた木の枝を、うきぃーっ! と怒りに任せてユッサユッサと揺らす。
なんかいろいろ申しわけない気になってたけど、もうやめだ。
(ぜったい許さない。オレの百年返せ! 万死に値する)
そもそもなんだよアイツ、あの檻。ぜったい誰か飼ってただろ?
拉致監禁だろ、やっばいヤツじゃん。
あー、同情すんのやめたやめた!
「アイツ、ヘンタイ腐れ神父と親戚なんじゃね?」
思わず呟いたその時だった。
「――誰だ。そこにいるのは」
怒り心頭なレイチェルの足元から、唐突に声が聞こえた。
はらはらと舞い落ちる葉を訝しげに見上げながら男が声を発したようだ。
低いけれどよく通る聞き心地の良い美声。
よく知っているようなソレに、ドクンッとレイチェルの心音が高まった。
(あ、れ……。なんか、この声、夢の中の、ゼアスにそっくり……?)
ゼアスの声は、百一年前に一度聞いたっきりだ。
幼いレイチェルが、傷つき倒れたゼアスの唇についた血を舐め取ったあの時。
『……ッ! 何を』
驚きと戸惑い、ゼアスの掠れたセクシーな呻くようなそれ。
アレだけだ。
そう、アレだけをどれだけ妄想して膨らませてオカズにしてきたか!
(似ている……)
レイチェルはゴクリと生唾を飲み込んだ。
そろりと窺うと、木の陰になって顔は見えない。
スラリとした長身の黒髪の男性 がマントを翻してカツカツと真下に近づいてくる。
「おい。貴様。降りてきて所属と階級を言え」
不審げに冷ややかに響く声音すら、ドキン、ドキンとレイチェルの心臓をうるさくさせる。
(かお、見たい……っ!)
思わず身を乗り出して、後悔した。
バキィ……ッ!
「ひゃっ!?」
突如、レイチェルの身体を支える木の枝が、儚い音を立てて、折れた――――。
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