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知りたがり
無事決めるべきことが決まり、その他細かいスケジュール決めに移った。もちろんこの場で細かい日程を決めるわけではなく、大雑把なスケジュール感を参加者全体で共有した。詳細は、後日実行委員会や商工観光課が協議し連絡することが、参加者たちに伝えられた。
宗一は、そもそも緊張していたことに加えて、ハプニングによって混乱していたことも相まって、会議が一瞬で終わったように感じていた。時刻は終了予定時刻の正午を10分過ぎている。司会進行の亜樹さんがマイクを持つ。
「みなさま本日はお忙しい中、お集まりいただきまして改めましてありがとうございました。例年のイルミネーションも素晴らしいと感じていますが、今年はさらに素晴らしいものになると確信しています。私も商工観光課の一員として尽力しますので、どうぞよろしくお願いいたします。」
キレイに腰を折って、お辞儀をする亜樹さんに、会場が大きな拍手を送った。
「ありがとうございます。それではこれを持ちまして、千台市の冬を彩るイルミネーションイベントの会議を終了したいと思います。本日は誠にありがとうございました。」
再び会場が大きな拍手に包まれる。課長と柏木委員長が立ち上がって握手をしていた。何だか今日の課長は頼りがいがある上司に見える。褒めると調子に乗って面倒くさいので、後で軽くお礼を言うぐらいに留めておこう。
会場はお開きの流れとなった。参加者が少しずつ帰っていく。商店主の方々が、その場で井戸端会議を始めて、ああでもないこうでもないとイベントについて議論している声が聞こえてきた。千台市のために、みんなが真剣な顔で話し合っている、その光景を眺めながら宗一の気持ちも高ぶっていた。
(みんな千台市のために、真剣に取り組んでいるんだ。なんかこういうのっていいなあ。)
たくさんの真剣な目を裏切らないためにも、今回はちょっと頑張ってみようと決心していた。このとき宗一が、頑張ろうと決心したのに参加者の真剣さが理由の一つだったことは間違いのない事実。しかし、もう一つ大きな理由があったのだけれど、このときの宗一は、まだそのことを自覚していなかった。
井戸端会議は続いていたが、午後一時から別の会議がこの部屋で行われるらしく、その準備をするために他の課の職員が入ってきた。それをキッカケに解散する流れとなった。そのとき、ようやく井戸端会議から離れた宮司の白川さんが、宗一の目に映った。
「白川さん!」
思わず声をかけてしまった。声をかけたものの何を話すか考えていなかったが、反射的に呼び止めてしまった。白川さんが振り返り、またニコリと微笑んできた。宗一は駆け寄る。
「あ、佐倉さん、おつかれさまでした。」
白川さんは軽く会釈をしながら労ってくれた。
「あれ、なんで名前を知っているんですか?」
司会を務めた亜樹さんと違い、私は全体に名乗っていない。白川さんは背が自分より高いため、見上げながら話す。
「先ほどアイデアを出されたとき、課長さんに呼ばれていましたので。」
そう言ってまたニコリと笑った。なぜかドキドキするからやめてほしい。
「呼ばれてましたか?」
自分でも課長に呼ばれたかどうか、良く覚えていない。しかし白川さんが自分の名前を覚えてくれていた、そのこと自体が妙に嬉しく感じていた。なんだか体が熱い気がする。
「ええ、そして佐倉さんの出されたアイデア、とても素敵でした。私もイルミネーションの大きなクリスマスツリーを見るのが楽しみです。」
「いえ、こちらこそありがとうございました。正直、実行委員長の柏木さんに、スケジュール的に厳しいと言われたときに、このアイデアは流れるだろうなと思ってました。あそこで白川さんが助け舟を出してくれたおかげです。ありがとうございました。」
白川さんにお礼を言ったときだった。少し離れた課長に声をかけられた。
「おーい、佐倉。そろそろ撤退するぞー。」
全くタイミングの悪い奴め。
「わかりましたー。すぐ行きまーす。」
「おーう、んじゃ先行ってるぞー。」
課長は亜樹さんと一緒に課に戻っていった。
「佐倉さん、私達も出ましょうか。」
「すいません、そうしましょう。」
宗一と白川さんは廊下に出た。遠くに課長と亜樹さんが見えるが、他には人は居ないようだ。二人っきりになってしまった。
「すいません、途中になってしまって。改めてありがとうございました。それにクリスマスツリーのアイデアが出たのも、実は白川さんのおかげなんです。」
「私の?」
「はい、白川さんが自己紹介のときに、クリスマスが近いといった旨のお話をされていたので。」
「ああ、そう言えば言ってましたね。」
そう言うと白川さんは微笑んだ。
「佐倉さんもよく人の話をお聞きになっているんですね。結構たくさんの方が自己紹介されていましたけど。」
それは白川さんになぜか気を取られていたからです、と思ったが口にはしない。口にしても、何だこいつと思われるのが関の山だろう。
「はは、そうですかね。」
ごまかしてみるが、どこかぎこちない気がした。慌てて話題を変える。
「それよりも宮司さんだったんですね。何かの経営者の方かと思ってました。」
「経営者ですか?」
白川さんが微笑む。
「はい、スーツ姿がキマってましたので。」
言ってしまった後に、今自分は何かとても恥ずかしいことを言っている気がしてきた。もう顔が赤くなっていることは間違いないだろう。気づかれないことを願う。
「ありがとうございます。昔、野球をやって鍛えていたので、そのとき貯金した筋肉の名残のおかげだと思います。」
「あ、野球をしてたんですか。どおりで体格が良いわけですね。」
白川さんの過去を少しだけ知ることができた。それだけでなぜか嬉しい。
「ところで白川さんって今おいくつですか?」
白川さんのことを知りたいという衝動を抑えることができない。ついつい聞いてしまう。
「今年でちょうど三十歳になりました。佐倉さんは、私より下ですよね?」
「はい、今年市役所に入庁したばかりですが、一年間大学を休学していたので今二十三歳で、次の一月に二十四歳になります。」
聞かれてもいないことまで答えてしまう。無意識に自分のことを、白川さんに知って欲しいと思っているのだろうか。
「あまり神職については詳しくないのですが、三十歳で宮司というのはかなり若い印象を受けますね。」
「ええ、あまり一般的ではないと思います。私の場合、先代である父が二年前に急逝したため、それまでは千台市内の企業で営業職をしていたのですが、家に戻って宮司を継ぎました。もともと将来的には継ぐことになるだろうと思っていたので、大学でも神職の資格が取れる大学に通っていました。思ったよりも早くに継ぐことにはなってしまいましたが、この仕事が好きなので満足しています。」
「なるほど、そんな事情があったんですね。」
もっと白川さんのことを知りたいが、あまり長く引き止めるのも気が引ける。時間なんて流れなければいいのにと思ってしまう。
「例のクリスマスツリー制作の担当、私になりましたので、いろいろとご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。」
「佐倉さんが指揮するクリスマスツリー楽しみです。私も協力できることは、何でもしますので気軽に声をかけてください。力仕事は得意なので。」
そう言って白川さんはニコリと微笑んだ。もうやめてくれ。
「そう言っていただけると、本当に助かります。あ、これ私の名刺です。」
「私も名刺あるので、交換しましょう。」
そう言うと白川さんは胸ポケットから名刺ケースを取り出した。
「宮司さんも名刺持っているんですね。」
「ええ、もともと営業職だったので、職業病ですかね。持ってないと落ち着かなくて。」
名刺交換をした。交換するときに、指が少し白川さんの指に当たってしまった。当たった部分が熱を持ったように感じる。
「えっと、佐倉そういちさん?で読みは合ってますか。」
「はい、そういちって読みます。」
下の名前を呼ばれてしまった。
「白川さんの下の名前は、……。すいません学が無くて、なんて読みますか?」
「白川利嗣(しらかわ としつぐ)と読みます。確かに嗣ぐという漢字は、日常目にしませんよね。」
笑いながら白川さんは言った。
(利嗣さん…利嗣さん……。)
自分の胸に刻み込むように宗一は何度も、その名前を心の中で呼んだ。
「それではまた近々打ち合わせなどあると思いますので、よろしくお願いします。」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、佐倉さん。」
宗一が向かう商工観光課と、白川さんが向かう役所の出口は反対方向だった。白川さんが歩きだして、出口の方向へと向かう。宗一はその背中が、角を曲がって見えなくなるまで、ただそこに立って見つめていた。
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