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殻を破る
亜樹さんが参加者の紹介を始めた。
「実行委員会副委員長の吉井様。」
吉井と呼ばれた女性が立ち上がる。見た目的には三十代後半といったところだろうか。品のある雰囲気をまとっている。軽くお辞儀をした。
「副委員長の吉井でございます。お二人のご挨拶に感銘を受けました。力不足ではございますが、お手伝いさせていただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。」
品のあるおしとやかな声なのだが、よく通る声だ。会場が拍手に包まれる。二人のリーダーが作り出した空気が、依然会場に熱気をもたらしているようだ。
「続きまして実行委員の、……」
亜樹さんが引き続き参加者の紹介をしていく今回の会議には実行委員からは、委員長、副委員長の他に四人の方が参加している。三十代前半から四十代前半の方が男性二人に女性一人。そして一人おそらく二十代と思われる女性の方が参加していた。亜樹さんに呼ばれた実行委員が順々に挨拶をしていく。それぞれ軽く挨拶をしていった。
「……、ありがとうございます。続きまして商工会議所のみなさまをご紹介いたします。商工会議所、会頭の猿渡様。」
会頭と呼ばれた男性が立ち上がる。筋肉質な巌のような体格をしている。厳しい商売の世界を渡ってきたのか、歴戦の勇士のような貫禄を感じる。
「商工会議所の猿渡です。商工会議所としましても、このイベントを通じて千台市内のさらなる発展、青風通りを中心とした地域経済の活性化に少しでも貢献できればと考えております。どうぞよろしくお願いします。」
会場によく響く、とても低いけれども聞き取りやすい声だった。亜樹さんが続ける。
「お隣は、……」
会頭の横に座る商工会議所の関係者、青風通りにある店舗の経営者、町内会の代表者などを次々と紹介していった。
「それでは最後に紹介するのは、駅とは反対側、青風通りの終わりにあります白川神社の宮司である白川様。」
白川と呼ばれた男性が立ち上がる。
(あ、さっきの人だ。)
宗一は、心が暖かくなるのを感じた。
(白川さんって名前なんだ。神社の宮司さんだとは思わなかった。)
スーツを来ていたので、そういった職業だとは全く思わなかった。てっきりどこかの経営者なのだろうと予想していた。
「白川です。この度は私も会議にお呼びいただきまして、白川神社の宮司として、そして生まれ育ったこの千台市を愛する一市民としてお礼申し上げます。白川神社は、青風通りの端っこにありますので、駅から歩いて来た観光客の皆様の折り返し地点となっています。白川神社にて祀る神は、恋愛成就の神様としても知られています。時期的にもクリスマスが近いので、毎年たくさんの方にお越しいただいて、一年で最も賑わう季節ですね。微力ながら協力させていただきますので、よろしくお願いいたします。」
白川さんがお辞儀をして席に着く。ついつい白川さんのしぐさ、動作、行動全てに見入ってしまう。私が白川さんを見すぎてしまったのか、白川さんと目が合った。
(っっ?!)
目が合うと同時に白川さんは、ニコリと微笑んできた。体に電流が走る。早く私も笑顔を返さなくてはいけないのに、体がぼうっとして動かない。白川さんは体勢を戻して、司会の亜樹さんの方に向き直った。
なぜだろうか、少しもやもやとした気持ちになる。なぜだろうか。私は目が離せないのに、白川さんはそうではなく視線をスッと切り替える。何なのだろうか、この感情は。
ようやく本格的に会議が始まった。イルミネーションをいつから設置するのか、どういった手順で手配するのか、誰が準備でどの役割を負うのか、金銭的な負担はどういった配分で行われるのかといった例年どおりの内容の議論が進められていく。実際にはこういった細かい点は、課長と亜樹さんを中心に事前協議が行われている。あくまで今回の会議自体は、その事前協議の確認、そして正式に皆がこの計画に賛成したという形式的な意味合いが強い。しかし、今年はそれとは別に二人のリーダーによって提案された今回の目玉となるイベントを決めなければならない。その時間を確保するためか、参加者は例年より会議の進行を早めてスムーズに様々な決定がされていった。
「とりあえず例年通り決めたいことは、決まったということでよろしいですかね。」
会議を中心となって進めていた柏木実行委員長が切り出した。課長が答える。
「ええ、去年よりもスムーズに決めることができましたね。どこかみなさん早く次の話題に行きたがっている感じがひしひしと伝わってきますよ。」
課長が困ったように笑いながら言った。しかしどこか楽しそうである。
「それでは早速目玉となりますイベントを、どのようなものにするかの議論に入らしていただいてもよろしいですか?」
はやる委員長と課長を抑えて、吉井副委員長が切り出す。おしとやかな雰囲気を持つ吉井副委員長の目には、明らかにメラメラと燃えるものがあった。
「そうしましょう。では早速検討にはいりましょう。菊池課長は何かやってみたいイベントはありますか?」
「そうですね。あくまでイルミネーションイベントですから、メインイベントもイルミネーションで何か大きなものを作ってみるのが良いと思っています。」
「なるほど、具体的には何かありますか?」
そう問われた課長は少し考え込む。
「正直に言うと、まだこれだ!っていうアイデアが思い浮かんでいないんですよ。もちろん東京などで行われているようなお金も時間もかかっているようなイルミネーションを作るような予算も時間もありません。それがネックなんですよね。」
「あの、少しよろしいですか?」
宗一は恐る恐る手を挙げる。
「おう佐倉、起きてたのか。」
「そんな失礼な。バッチリ起きてますよ。」
「で、なんかいいアイデアでも思いついたか?」
「はい、ただ実現できるかどうかはちょっとわかりません。」
「良いから良いから、とりあえず言ってみ。」
注目が宗一に集まる。白川さんがこっちを見ているのに気づき、少しドギマギしながら話す。
「え、えっとですね、青風通りのほぼ中心、駅と白川神社の間に続く並木の中にひときわ大きな木がありますよね?あの木のテッペンからイルミネーションを裾野が広がるようにたくさん吊り下げるとクリスマスツリーみたいになりませんか?さきほど白川さんもおっしゃっていましたが、クリスマスシーズンですのでインパクトもあると思います。準備的にもたくさんの電飾を用意する必要がありますが、作業量的にはそこまで大変なものでは無いと思います。」
ちゃっかりと発言の中に、白川さん、を入れてみた。白川さんという言葉を発しただけなのに、どこかむず痒いような気持ちになる。
「イルミネーションのクリスマスツリーかあ。確かにそれなら実現できそうだな。柏木さんはどう思います?」
少し間をおいて柏木委員長が答える。
「うーん、どうですかね。作業量はそこまでではないと予想されていましたが、実際やるとなると、電飾の準備や工事の計画、工事の許認可なんかを考えるとスケジュール的にはギリギリかもしれませんね。」
柏木実行委員長は実業家でもある。しっかりと私の意見を考えた上で、検討をしてくれた。その結果が厳しそうというものだったのだから、実現は困難なのかもしれない。
「ありがとうございます。それでは他のアイデアを考えま……。」
そのときだった。私の発言が遮られた。
「私はそのアイデア素敵だと思いますよ。」
助け舟を出したのは、白川さんだった。白川さんと目が合う。顔が赤くなっていないだろうか、心配になる。
「確かに委員長のおっしゃる通り、スケジュール的にはギリギリかもしれません。しかしインパクトがあることは間違いありませんし、何より参加者が喜んでいる様子が目に浮かびます。青風通りの中心という立地からも、そこにステージを設置して何かイベントを行えば、そのクリスマスツリーを中心に人の流れが生まれると思いますがいかがでしょうか。」
柏木委員長は考え込む。おそらく実業家としての経験と知識を基に、実現可能かどうか計算しているのだろう。少しの沈黙の後、話し始めた。
「確かに実現は可能です。実現できたときの効果もかなり有効だと思います。経済的な観点から言っても、かかるコスト以上の経済効果が望めるでしょう。しかし、……」
また少し沈黙が続く。課長が問いかける。
「しかし何でしょう?」
「しかしですね、例年のような作業量ではクリスマスツリーの実現は無理でしょう。少なからず、今ここに参加されている方々のご負担は例年よりも大きなものになります。」
よく考えれば当然のことだ。例年でもここに集まった人々は、準備のためにかなり時間も労力も割いている。そこにイベントを追加すれば作業量がさらに増えて、負担が増えるのは当然だ。そのとき、一人の商店主が立ち上がった。
「負担が増える?結構じゃねえか。最初の課長さんの挨拶のときから、俺らは協力を惜しまねえってことを腹に決めたんだ。そうだろう、みんな?」
他の商店主、商工会議所の面々、そしてもちろん実行委員会も次々にうなずく。次第に声が上がり始め、会場はやってやろうぜという声に包まれた。そして自然と大きな拍手が会場を包んだ。課長が話しかけてくる。
「やったな佐倉。どうだ今の気分は?」
「何か自分の意見が認められるって、こんなに良いものだったんですね。」
「んじゃこのクリスマスツリー制作の担当者はお前な。」
「えっ?!マジですか。」
「マジも大マジ。やっぱりこういうのは発案者が責任持つべきだよな。」
仕事は最低限のハードルさえ越えれば良い、それ以上頑張るのは無駄なだけ、そう考えていた宗一は自らその殻を打ち破ろうとしていた。
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