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1.嫁給我吧(お嫁においで)

 王命により、唐突に長年住み慣れた後宮から出された白明(バイミン)は困惑していた。  白明よりも狼狽を隠せない妃の様子にどうにか落ち着いた対応ができたが、内心はとても混乱していた。  白明は宦官である。男でも女でもないとされる彼らは、王の妃たちの世話係としてほぼ一生を後宮で過ごすはずだった。  なのに彼は馬車に乗せられ、今現在見知らぬ宅邸(屋敷)に連れてこられている。  家令だという年かさの男性に挨拶をされ、彼は侍女に案内されて広々とした部屋に連れてこられた。 「間もなく当家の主人が参ります。今しばらくお待ち下さい」  そう言ったのは先ほど白明付の女官だと挨拶した女性だった。背もたれのある長椅子に座るよう促され、彼はただ出されたお茶を啜ることしかできない。否、この宅邸に連れて来られてからいくつか質問はしたのだが全て、「主人にお聞き下さい」の一点張りで要領を得なかった。その主人はどこのどなたなのかと尋ねても、すぐにわかりますと言われ笑顔でいなされる。お手上げだった。  それにしてもただの宦官である白明を召す人物とは誰だろう。  蓋碗(ふた付の茶器)の中に入っている茶葉はとても質がいいものだということは彼にもわかった。香り高く全く渋味がない。そうでなくても部屋の調度品も後宮で見ていたもののように違和感が少ない。ここの主人が裕福なのだろうということはよくわかる。  今日は天気もいいので部屋の扉は開け放たれている。回り廊下の向こうに見える庭もなかなかのもので、狭いながらも石造りの卓子(テーブル)と凳子(背もたれのない椅子)が置かれている。そこでお茶ぐらいはできそうだった。  庭を眺めたいと女官に言い席を立つ。部屋の扉辺りから庭を眺めていたら誰かの足音が聞こえてきた。 「白明(バイミン)!」 「……え? 劉峰(リュウフォン)さま?」  白明は目を丸くした。足音の主の姿が見えたと思ったら、それはなんと仕えていた妃の息子である劉峰だった。  劉峰は斉国の第八王子である。  白明は斉国の後宮で働いていた。十の歳から後宮で宦官となり、成人したばかりの妃に仕えた。その妃が王の目に止まり、すぐに劉峰を授かった。とはいえ第八王子である。王位継承権は遥か遠い。男子故に七歳を迎える前に後宮を出、王の子が住む宮に移ったが、よく母である妃と面会していた。その際妃に請われて白明は付き添っていた為、離れていても劉峰の成長を微笑ましく見守ってきた。 「白明、久しぶりだな。やっとそなたを迎えることができた……」 「劉峰、さま?」  なのにこの、白明の両手を握っている力強い手はなんだろう。何が起こっているのかわからなくて、白明は目を白黒させた。 「白明、私は第八王子だ」 「は、はい……」  そんなことは劉峰が産まれた時から知っている。 「王位継承権はないに等しい」 「…………」 「だから、子を成す必要はないのだ。よって妻もいらぬ」 「そ、そんな……」  劉峰はまだ成人していないはずである。確かに許婚などはいないと聞いていたがこれほどの美丈夫が結婚しないなど白明には考えられなかった。どうにか思い留まらせようと何か言おうとした白明だったが、次の劉峰の科白に面食らった。 「だからそなたを寂しくさせることは全くない。白明、私の伴侶になってくれ!」 「…………え?」 「白明、ただ”是(はい)”とだけ答えてくれ!!」 「是?」 「いいのだな!? よし、準備せよ!! 今宵は初夜だ!!」 「「「劉峰殿下、おめでとうございます!!」」」  無理矢理言質を取られた白明は、いつのまにか近くに来ていた家令や武官、女官や侍女たちが祝いの言葉を述べるのをぼうっと眺めていることしかできなかった。  劉峰は嬉しくてならないというように逞しい腕で白明を抱き上げ、すぐにその口唇を奪う。白明は頭が真っ白になった。

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