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2.白明的来歴(白明の素性)

 白明(バイミン)が去勢されたのは六つの歳、口減らしの為であった。  王都近くの農村に住んでいた白明の家族は大所帯だった。おかげでいつもひもじい思いをしていたが、沢山の兄弟とそれなりに仲良く暮らしていた。田畑を耕しどうにか食べていける日々を送っていたがある年冷害により作物がほとんどとれなかった。このままではみな共倒れになるという危機が白家を襲った。そこへ男の子を去勢すれば小さくても王都で仕事にありつけると教えてくれる者があり、下から二番目の白明が去勢されることとなった。  しかし去勢すればいいと教えてくれた者は去勢した際の死亡リスクについては何も語らなかった。医療技術が未発達だった斉国では去勢により三分の一が細菌感染などにより死亡していた。  白明もまた三日三晩高熱にうなされ、どうにか生還することができた。 「どうにか生き残れてよかったなぁ」  商人にそう言われた時、白明はやっと自身が親に捨てられたのだということを理解した。  親が希望したとはいえ自主的に去勢する行為を自宮、あるいは浄身と呼ぶ。  白明は親元を離れ、宮廷に紹介してやるという商人について王都へ向かった。  白明にとっては幸いなことに、その年王が何人も妃を迎えた為王城の下働きが足りなくなっていた。商人は彼を王城に預け何やら小さな荷包(巾着)を受け取った。 「達者で暮らせよ」  機嫌よく去って行った商人はきっと銭で白明を売ったのだろう。それでも行くあてのなかった白明は恨まなかった。  王城での下働きは、飢えることはなかったがそれなりにつらくもあった。自宮した者というだけで蔑まれ、ちょっとしたミスで罵倒された。それでも同じく自宮した者たちと慰めあっていたから白明もどうにかやっていくことができた。  十歳になると白明は後宮で働くよう言われた。働きぶりが真面目だということもあったが、王がまた何人も後宮に妃を迎えたことで人手が足りなくなったことが主な原因だった。その為後宮に入った途端スパルタ教育をされ、十日後には新たな妃に仕えることとなった。  白明が仕える張妃(ジャンフェイ)は斉国の下級貴族の出で、可愛らしい顔をしていたがその肌は赤く、荒れていた。妃はその荒れた肌を隠す為におしろいをふんだんに使っていたが、白明は妃の世話をしているうちに、妃の肌荒れはおしろいが原因ではないかと考えるようになった。とはいえおしろいがなければ肌を白く見せることはできない。白明はふとまだ自分が農村の家にいた時のことを思い出した。おしろいなんて高いものは決して買えない家であったが、新年になると祖母や姉たちは肌に何か塗って白く見えるようにしていたような気がした。あれはなんだったのだろうと考えながら歩いていたら自然と以前働いていた後宮の厨房に向かっていた。 「そういえば……」  後宮の厨房にはいろいろな粉があった。彼は小さい頃なにかの植物の根っこを掘り起こしたことを思い出した。漢方薬の材料になるとも聞いていたが家にも少しとっておいていたような気がする。それから何かの実から白い粉を取り出して料理に使っていたことなども思い出し、白明は厨房で葛粉と片栗粉を分けてもらうことにした。  白明はそれらを数日自分の肌に使って試してみた。後宮で使用されているおしろいのように真っ白にはならなかったが肌が荒れることもない。彼は自分が仕えている妃にはそれらの方が合うのではないかと思ったがどう勧めたらいいのかわからなかった。  張妃は己の肌が荒れていることをとても気にしていた。だからこそ白明の肌の変化にもすぐ気づいた。顔が白く、肌理(きめ)細やかになっていく白明に妃はどういうことかと問いただした。彼は喜んで彼女に葛粉と片栗粉を差し出した。藁をも掴む気持ちだったのだろう。彼女は半信半疑だったがそれらをおしろいの代わりに使ってみた。  果たして一月もしないうちに妃の肌は元の美しさを取り戻し、王の目に止まった。それから二年後、第八王子が生まれた。 ※片栗粉・上新粉・葛粉・コーンスターチ等を用いた化粧品は現実に存在しますが、決して真似しないでください。この物語で一般的に使われているおしろいは鉛白粉です。体にとても悪いものです。

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