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3.我不是不喜歓你(嫌いじゃないよ)

 斉国の第八王子である劉峰(リュウフォン)はつい先日成人したばかりだ。  王太子以外の男子は成人するまで王城に住むが、成人すると王城の外に宅邸(屋敷)を与えられる。何もしなくとも暮らしていけるだけの金銀や土地は与えられるが、基本は臣下と扱いは同じである。成人と共に贈与された物以上はない為、王子といえども遊んで暮らすことはできない。それでもまとまった金銀が一度に与えられるので気が大きくなって身を持ち崩す者もいないわけではなかった。  劉峰の母である張妃が王の寵愛を受けたのは二、三年程だった。張妃が下級貴族の出だったことで劉峰は特に目をつけられることもなくすくすくと成長した。七歳を境に後宮を出たが、その後も特に波風が立つこともなく穏やかに暮らしていた。身体を鍛え、剣の腕もなかなかだったがいつもにこにこしていたので害のない王子と思われていたらしい。偶然謀反を企む貴族や官吏たちの手紙を見つけて王に進言したことで官僚に取り立てられたという。 「その褒美としてそなたをいただいた」  嬉しそうに言う劉峰に白明(バイミン)は頭痛を覚えた。  確かに宦官は王の奴隷と言ってもいい存在である。一生を後宮で過ごすことができるかどうかも王次第。使えないと烙印を押されれば放逐され、晩年は乞食になる者も少なくはない。白明は自分が決して褒美として下賜されるようなものではないと思っていた。 「……お迎えされる奥様の世話でしたらさせていただきますが、褒美としてもらうようなものではございませぬ」  劉峰は不快そうに眉をひそめた。 「……聞いていなかったのか。妻はいらぬし、娶らぬ。白明、そなただけだ」  劉峰は白明を離さずに言う。白明は困ってしまった。 「劉峰さま、座られたら如何でしょう」  家令に声をかけられると、劉峰ははっとしてばつが悪そうな顔をした。 「そうだな。白明、座ろう」  抱きしめる腕は緩まったが、腰を抱かれるようにして長椅子に腰掛ける。すぐに劉峰の前にも茶器が置かれ、白明のお茶も新しいものに変えられた。  白明は横目で劉峰を窺った。髪は一部をてっぺんで冠に入れ、残りは流している。黒髪は艶やかで、先ほど日の光が当たっていた時はきらきらと輝いて見えたほどである。七つを数えてからは年に何回か姿を見る程度だったがそのたびに成長がみられて白明は嬉しかった。幼かった顔は精悍になり、身体もしっかり鍛えているのか背も高くがっしりとしている。並んで立つと自分の方が年下に見えるに違いないと白明は思った。 「婚礼を挙げることはできぬがそなたを迎える節目だ。ささやかな宴席を用意した。屋敷の者たちが祝ってくれるというからそれで許してはくれまいか?」  なのに劉峰はとんでもないことを言う。白明はそっと嘆息した。 「劉峰さま」 「? どうした?」 「私は宦官です」 「知っている」 「男でも女でもない者です。そんな者と一緒になってはいけません」 「何故だ?」  本当に不思議そうに聞かれて白明は困った。 「劉峰さまは王子です。子を成し王国の発展に寄与する義務があります」 「ついこの間また弟が生まれて王子だけで十五人になったが? 王宮には出仕している。そなたが不自由をしないだけの金銭は稼げるはずだ」 「…………」  ぐうの音も出ないとはこのことだが、宦官を娶るなど正気ではないと白明は思う。 「と、とにかく宦官を囲うなど聞いたことがありません!」 「囲うのではない。そなたは私の伴侶だ」 「いいかげんにしてください!」  堂々巡りな言い合いをし、ふと周りを見回すと家令や女官、侍女が微笑ましそうに白明たちを眺めているのが目に入った。 「あ、貴方たちも王子が宦官を伴侶にするなんて嫌でしょう!?」  おかしいと思わないのかという思いを籠めて叫んだが何故かみなに何を言っているのだ? と言いたげな表情をされて白明は戸惑った。 「いえ、全く。それよりも、あまりにも劉峰さまが強引で嫌気がさした際はおっしゃってください。締め出しますので」 「……は?」 「全く……それでは私ではなく白明に仕えるようではないか。まぁ、かまわぬが」  家令のしれっとした答えに、白明はぽかんと口を開ける。劉峰は苦笑していたがそういう問題ではないだろう。 「そなたはどうなのだ? 私のことは虫唾が走るほど嫌いか? どうしても、その……女子(おなご)でなければだめか?」  最後の言葉は弱弱しく聞こえた。今日は驚くことばかりだと白明は思う。  周りの視線もなかなかに痛い。白明は聞こえるように嘆息した。 「確かに……女性は綺麗ですよね。いい匂いもしますし、王の為に美しくなろうと努力している女性たちは本当に魅力的です」  そんな彼女たちを見ているのが好きだった。劉峰の母である張妃の屈託のない笑顔が好きで、ああかわいいなあ、愛しいなあと白明は思っていた。  劉峰が顔を俯かせる。白明としては別にいじめるつもりはなかったが、心構えがない状態で返事を強要されたのには少しだけ腹を立てていた。  だけど。  小さい頃の劉峰を思い出したら。 「……でも、劉峰さまのことは嫌いではないですよ」 「白明!!」  横からがばっと覆いかぶされ、また白明は口唇を奪われた。  さすがに今回は説教をしたが、劉峰はとても嬉しそうだった。

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