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当たり前に日常が過ぎていく。 品出し、レジ打ち、トイレ掃除。 なんてことの無いいつものバイト。 なのに。 何故かあの日からピタリと来なくなったあの人を待ち続けている。 どう考えてもまた会おうって雰囲気で別れたのに、なんで会いに来ないんだ。 なんて…俺が求めてるみたいでなんか嫌だな。 忙しいふりをして気分を紛らわそう、と急ぎ気味に週刊誌をコンビニに並べるとラックの仕切りに当たって手からすり抜ける。 床にバサ、と広がった週刊誌を拾い上げようとしゃがむとどっかで見たことある顔が真顔でこっちを見ていた。 「……孤独の御曹司…、まもなく帰国……」 それは小さな記事だった。 ページの右下、半分くらいの記事。 親の仕事について共に来ていたがまもなく帰国するとのこと。 コンビニ前で立っていたところへ取材したが、記者へは何も答えず無愛想なまま去っていったこと。 この写真が撮られたのが昨日の夜だってこと。 有名人ってのは本当にプライバシーも何も無いんだなと実感するのと同時に。 …今だけはあんまり好きじゃないマスコミに感謝した。 少しでもあの人を見れて安心したのかもしれない。 自分で買おう、と週刊誌を拾い上げたの同時に自動ドアが開く。 「柚!」 その声に勢いよく顔を上げる。 いつものコートとマフラー。 ニッコリと笑った顔。 見慣れた姿に安堵して、俺はまた週刊誌を手から落とした。 「あんた…、…何してたんだよ。」 「え?何ってお仕事だよ。昨日も来たけど柚はいなかったから。会えてよかった。」 「……あぁ、なんだ。」 落とした週刊誌を今度こそ拾い上げ、空になった段ボールを片手にレジの中へ向かう。 と、後ろから腕を引かれる。 「ん…?」 「今日はもう行かなきゃ。また来るね。」 変わらない笑顔。 なのに、なんか。 もう来ないような気がした。 "まもなく帰国" さっきの週刊誌の文字が頭をよぎる。 ふと、榎本さんの肩越しに店の外に黒い車が停まっているのに気が付いた。 いつもは歩いて帰るのに、車なんて どうして。 「…榎本さん、…本当にまた来るのか…?」 「え、…。」 どうしてそんな事を聞くんだ、という目をする。 俺はじっと目を見たまま離さない。 久しぶりに見た姿は前と同じはずなのにどうしてか、あの日の悲しそうな顔を連想させる。 そんなこの人と離れたくないような気がして。 「…うん、いつかきっとまた来るよ。」 榎本さんはそれだけ言うと、俺の頬に小さくキスをした。 手から段ボールと週刊誌が落ちる。 優しすぎるキスだった。 「これもあんたの国の挨拶か…?」 「やだな。僕は日本人だよ。」 そう言って優しく笑った。 身を寄せて「またね」とだけ言うと、後ろを向いて歩き出してしまう。 なんか言わなきゃ もう、会えないかもしれないのに 「……好きに、させたくせに。」 絞り出した声。 消えそうな、聞こえてるかもわからない声。 開いた自動ドアの前で その人は足を止める。 一度振り向いて優しい顔をする。 「少しずるいくらいの方が男はモテるんだよ。」 そう言って今度こそ振り向かなかった。 車に乗り込むとそのまま向こうへ走っていってしまう。 俺は呆然ともう誰もいない外を眺めていた。 冷たい空気が店に入ってきて、薄着の俺は身震いをする。 「…少し、なんてもんじゃないだろ……っ…」 俺は男なんて好きじゃない。 なら、これは? この気持ちは? 本当に、恋ですか? 聞きたいのに 答えてくれる奴はもう傍にいない。 俺はきっと ここに来る度アンタを思い出すだろう。 うるさいのに優しくて、その癖にどこか傷ついた姿を。 次会うときはきっと あんたの全てを抱きしめてやれるはずだから。 「柚、会いたかったよ…!」 「馬鹿…っ、人前で抱きつくなよ…!」 その時まで。 *おわり

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