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狭い1LDKの部屋。 榎本さんはコートもマフラーもそのままに、シングルベッドの上に座って俺を見下ろしていた。 俺は床に座ったまま何故かその顔を見上げる。 こんなことをして何分くらい立ったか。 そろそろ意味もないんじゃないか、と思い出してきた頃ようやく榎本さんは口を開いた。 「柚は僕のこと、知らなかったの?」 「……知らなかった。でも、バイトの子に聞いた。」 「そっか。ごめんね、知らないのをいい事にさ。柚はホントに優しいなぁ。」 なんて言って嬉しそうに泣き出しそうな顔で笑うから、俺は何も言えなくなる。 なんでそんなに泣きそうなんだよ。 別に悲しくなんてないだろ。 「でも、柚だって男に好かれたくはないでしょ。」 「……そりゃそうだけど。」 「それでいいんだよ。柚まで偏見されちゃ僕も嫌だしね。」 榎本さんはそう言って膝に肩肘をついた。 それから、目を伏せて呟く。 「僕が女だったら。男を好きでも、なーんにも文句なんて言われないのにね。」 「…なんで男が好きなんだ?」 「それじゃ、柚はどうして女の子が好きなの?」 質問に質問で返される。 …困った。 仕方なく、元々ない脳みそで女を好きな理由を絞り出す。 「おっぱいはでかい方が好きだし、こうまるっぽくて…いやデブ専とかではなく。優しい感じ?母性?…ふわふわした…感じとか。」 「それは生まれた時から、異性にドキドキして…後付けでその理由がついたんでしょ?」 「…確かに。」 「僕も生まれた時から男が好きで、後から帳尻合わせみたいに理由ができたんだ。だからわかんないよ。」 …正論すぎる。 馬鹿っぽいと思ってたのに、頭の良さそうな返答に思わず拍子抜けしてしまう。 言い返せない上に納得してしまった。 「僕、柚のこと割と好きだったよ。優しいのに特別扱いしない感じも。…ココ最近はすごく楽しかった。 深夜のコンビニは素敵だね。」 榎本さんはそう言ってクスクスと笑った。 友達として?性的対象として? 聞いていいのかわからなかった。 同性愛者ってのは今はかなりディープなとこで。 話のネタにするには少し難しい。 「…俺もまぁ、嫌いじゃない。我儘だけど悪いことは無いし。」 「そっかそっか、君の思い出になれたのは嬉しいなぁ。」 どういう意味だ? と聞き返す前に、その人は立ち上がってしまう。 コートの裾が顔にあたって痛い。 榎本さんはマフラーを巻き直すと俺を見下ろして両手を広げた。 「柚、ハグをしよう!」 「……は?」 「僕のいる国じゃただの挨拶さ。それとも、日本育ちの君は意識しちゃう?」 「っ、…むかつくな。」 なんかここで引き下がるのは俺が弱いみたいで嫌だ。 そんな雑なプライドで俺は立ち上がり、その人の目を見上げる。 真似して両手を広げ少し控えめに抱きつく。 初めての男とのハグは 高そうな香水の甘い匂いがした。 「…さっきのは嘘。本当は柚のこと、すごく好きだよ。クラクラするくらい。毎日会いたくて仕方なくなるくらい。」 「俺は、……」 ゲイじゃないし、女が好きだし。 もっといえばあんまり好きなタイプじゃない。 友達にするにも多分選ばないタイプだ。 でも 「……また、デートくらいは付き合ってやる。」 「本当?やった、やったね!…その次はプロポーズするから、僕のこときっと好きになってね。」 「それはあんたの頑張り次第だろ。」 なんて言って笑ってみる。 狭い部屋で大の大人が2人ひっ付き合う異常な光景と会話。 俺は別に男は好きじゃないけど。 どうしてこの人は愛されないんだろうと、そうは思ってしまった。

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