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第1話

   ノートを開いて見たものの、ディスプレイはその目に映っているのに少しも頭に入らない。  取引先の社長の言葉が何度も脳をリフレインする。 『蟹江、来週せがれと門真(カドマ)の絹でゴルフ行くぞ。お前も来い』  ガタッ。 「ん? どうした彗〜」 「や、なんでもない」 「イケメンが慌てた顔してるの見ると、なんかワクワクするな」 「俺で遊ぶな」  思わず興奮で彗は立ち上がったが、仕事仲間の声に我に返る。〝落ち着け自分〟と、心中宥めて座る。  蟹江彗《かにえすい》。シャンデリア照明ブランド「リリージュエル」のトップセールスマンにして副社長。というか会社は五人しかいない。  リリージュエルは彗の姉が社長だ。社長のシャンデリアデザイナー兼ガラス工芸職人、蟹江アリスが一代で築いた。その美しく華やぐ百合をイメージした光の束がウエディング会場やホテルのバンケットルーム、近代的なビルディングのどれにも溶け込み人気を博す。今では百合以外のモチーフのシャンデリアやシーリングなど様々な形状、デザインの照明を世に送り出している。  彗は過去に証券会社に勤めていた。優秀ではあったものの嘘で塗り固められた営業の世界に嫌気がさし疲れていた。そこに姉が自分の元でその手腕を活かさないかと業界に引っ張り込む。今では急成長故、姉弟揃って業界で有名になりつつあった。また姉弟揃って長身かつ他国の混じり気あるハデ顔で、重ね重ね目立つ要素を含んでいた。  彗が今取引している最も大きな案件は高層マンションだ。港区芝にいよいよ完成となるその巨大敷地マンション群。その照明器具導入はすべて電機設備会社「株式会社エチュード」の社長、漆原正蔵から貰っていた。すべての灯りプランを一任されている。次の案件も彗がすでに進めている。  エチュードは漆原社長、社長の長男で専務の昌明とほぼ二人体制の会社だ。それぞれに全く別の現場を抱えている。  その昌明の設置する照明器具全プランを一任されているのは「門真照明」の営業マン、真田絹という男である。  彗が突然椅子から立ち上がったのはこの男のせいであった。  同時刻。 「社長があの男を呼んだ⁉︎」  ガタッと椅子を跳ね飛ばし立ち上がる。  フロアはシンとなり皆がその男を見た。 「真田さんどうされましたか」 「や、なんでもない……すまん」 『絹の反応が予想通りすぎて』  スマホの向こうの男が大きく笑うと絹と呼ばれた男はハァ、と大きく息を吐いた。  真田絹《さなだきぬ》。門真照明は彗の会社と違い古くからある大手照明器具メーカーだ。絹は三十一歳、働き盛りの伸び盛り。大変優秀で高層マンション照明導入件数は社内で港区一位、契約数でも所長についで二位につけている。間違いなく次期東京営業所所長と言われている。  とりわけ導入件数が飛躍的に伸びたのには理由がある。  三年前、エチュードの社長に強気な営業を気に入られエチュードのすべての仕事は絹の契約になったのだ。エチュードは飛躍的に伸びている電気工事会社で、件数は多くないが一つの件名が巨額であることが多い。これを全て掴んだのは大きかった。  漆原社長は若手の熱い男が好きだ。自分の息子のように可愛がっていく。絹の細くて華奢な体からは想像のつかない圧しの強さが社長の目に止まった。瞳の強さ、それが大きなビジネスに貪欲であることを察した。その照明器具への豊富な知識、照明選びのセンス、それらのプレゼンは社長を楽しませた。それから丸二年、絹は社長たちの元で大いに成長した。  誰から見ても順風満帆に思われていた絹。しかし一年前、突如として事態は変わる。  エチュードはこれまで社長と昌明のふたりで同現場を周っていた。だが昌明が成長したこともあり、社長と昌明で現場を分けて仕事するスタイルに変更。  これは契約件数が増えるので絹にとってはさらなる成長のチャンスであった。成績が伸びること間違いなし。  しかし、それを機に突然現れた男がいた。名を蟹江彗という。新進気鋭の照明ブランド、リリージュエルの副社長にしてトップセールスマン。この男がなんと社長の現場の契約を全て持っていってしまったのだ。  絹の手に残されたのは息子の昌明の現場のみ。それでもかなりの額であり、結局これまでの売上に追い付いたのだが、手柄を半分取られたように感じた。社内でも「全て真田が契約を取り売上が伸びると思っていたのにな」と影でさも失敗のように話す者もいた。  俺の契約に全てなる筈だったのに。  絹は彗に対し苛立ちを感じた。彼はライバルであり邪魔者であると。あいつだって俺にしてやったって思ってる筈だ、と怒りで勝手に想像が膨らんだ。  それからというもの、やはり打ち合わせなどでエチュードに行くと彗とすれ違うこともあるが会釈程度で会話をしたことはなかった。  なのに、いきなりいっしょにゴルフだと⁈ わなわなとスマホを握る手が震える。 「昌明さん、それって断ったら」 『オヤジ不貞腐れるだろうなぁ』 「ですよね……」 『アッハッハッハッハッハッ』 「笑い事じゃないですよもう‼︎ わかりました行きます。行きますけど、上手く笑えなかったらごめんなさい」 『アハハ楽しみブハッ』 「昌明さん‼︎」  絹は通話を切るとさらに深い息を吐き出した。 「俺ゴルフ始めたばっかでまだ下手なのに……」 「アアアアアアアア」 「うるっさい」  丸めた経済誌で姉に頭をはたかれた彗は社長室のソファで彼女に強い視線を返しこう言った。 「だって、だって真田さんのハダカが見れるんだぞ⁈ 興奮するだろう‼︎」 「お前普段はホント物静かでイイ男なのに彼のことになると途端に壊れるわね。その歳でハダカ見るだけに興奮って」 「物静かなのは営業用だ。ホントはお喋りなの、姉貴は知ってるだろう。それに……好きなひとのヌード見たら興奮するだろう」  そう、彗は真田絹にホレているのだ。 「嗚呼、真田さんの……乳首とか……下も、可愛いに、綺麗に決まって」 「やめろ私の前で語るな。応援はするけど興味はない〜。てか今日はもう帰れ。うるさいから」 「ありがたくそうするよ」  彗は端正な顔立ちを嬉しそうに崩し、姉に手を振り社長室を出た。マフラーだけして手ブラで外へ。  基本的に社から仕事や物は持ち帰らない。というのも、オフィスと家は徒歩で六分だ。オフィスの駐車場に社用車があるので自家用車はあるが使わない。最近はいい年なので健康に気をつけているのもある。たったの六分で意味があるのかは疑わしいが。  外はようやく秋色を帯び始め少し寒かった。夕陽がビル合いに消え入ろうとする直前で、背の高い建物群を真っ赤に染めていた。  パンツのポケットに手を入れ天王洲の運河を眺める。  公園のスロープを降りてくると女性男性、両方から視線を浴びた。  それもそのはず、身長百八十九センチ、体重七十二キロの細身。  趣味はラクビーだ。学生時代にやっていて今は観戦のみ。当時の筋肉は落ちたがジムには行っている。週末はフットサル。趣味の割に太ももが細くて脚がとにかく長い。そして何と言ってもゴルフ。子どもの頃から親と遊びでやっていた。社会人になってすぐに接待やら遊びやらでやり込み、気付けば彗のベスグロは六十四。もちろんシングルだ。  父はイギリス人、母は日本人。整った顔立ちはなんとも気品がある。  髪は太陽に透けたダージリ色、瞳はモンブランのような甘い明るさだ。この首から上がアフタヌーンみたいに優雅なそれが、フルオーダーの上質な色気のあるスーツを纏っている。風に揺れる天然パーマが胸をくすぐる。すれ違ったらまず見るだろう。 「股間がアップテンションしてきた。……マズイな、まっすぐ帰るか」  しかし当の本人はコレである。  三十八歳にもなって好きなひとの裸を想像して股が熱くなるなんてなかなかにピュアな男である。  二十代の頃は恋人もいたしかなり遊んだが、三十代になって仕事が忙しくなり少し落ち着いた。そこに現れた理想のひとが真田絹だった。  だが彗は見た目に反してかなりウブだったりする。取引先を口説くのは得意なのに意中の相手を口説くのは何故か尻込みする。実は人見知りだったりもする。 「とっとと帰って素直に妄想しよう」  絹を意識し始めてからというものの、不器用なので目移り出来ずにいる。この一年強、一途に目で追っていた。  ……お相手サンに嫌われているのも彗は知っていた。しかしそれでも好きなのだ。理由なんてわからない。  彗はタイプなんだ、仕方ない、と報われない恋慕を慰めた。  サラサラの黒髪、小顔、顔の半分目なのではないかと思うほどの大きなくっきり二重の瞳。瞬くとバサバサと音がしそうな漆黒のまつげ、百七十センチもなさそうな小柄で華奢な体。どこを取ってもタイプだった。  それにとてつもなく仕事が出来るという。エチュードの契約を取ってきたくらいだ。きっと真面目で聡明でそれでいて性格も良いだろう。そうでなければ漆原社長が目をかけるわけがない。  自分が嫌われているのは彼の仕事を奪ったせいだ。わかっている。なのに惚れてしまったなんてバカだなと、もう何度も思った。けど彗の気持ちが変わることはなかった。猛烈にタイプだった。  仕事は押せ押せなのに恋愛になると強気になれない。ましてや嫌われていたら尚更だ。だから、ずっと絹を見つめていられたらそれでいいや、と腹に決めていた。それにノンケを口説こうなんて思わない。どんな可愛い彼女がいるんだろうと、勝手に妄想しては落ち込む。でもノンケを好きになるとそれがやめられない。 「あー!もう日が落ちた。とっとと帰ってオナニーしよ!」  後ろの階段に疲れ切った顔で座り込んでいた中年のサラリーマンがビクッと顔を上げた。  ブラインドをガシャリと音を立てて掴んだ手に力が入る。 「まだ、外、少し明るいのに、あ」  そう言うと彼はバランスを取ろうと反対の手で男の胸元を掴んだ。 「とっととシャワー浴びたのはそっちだろ。後ろ用意したんだろ?」 「した、けど、今日汗かいたから先にしただけ……で、ふ、ン」  シャワーしたが着替えがないので再び着たスーツの下を、すぐさま引き剥がされる。 「俺の服勝手に着ていいって言ってるのに」 「そういうことは、しな、い」  ワイシャツ一枚で立ったまま後ろにジェルを注入される。 「ッ」  ヒンヤリとしてビクッと体を震わせ目を閉じたところに指で性急に解される。慣れているのは手つきだけではない。解されている蕾も直ぐに咲き開いた。  使い込まれたソコは、体がもう緊張を知らないので蜜で慣らせば直ぐに花開く。心と体は別物だ。  右手はブラインドを強く掴んだまま。隙間から覗く太陽がビルの狭間に崩れ堕ちそうなる。残り香のように微かな夕焼けが彼の顔を暗闇に浮き上がらせた。絹だ。  日の落ちる前の性急な行為に観念した絹は、左腕を男の肩に回した。  男の右手は咲いた華の内側からぐっと外へ押し、押された先のペニスを左手で扱いてやった。 「アーッ! アッ、アッ」 「絹、お前の恥じらいのない啼き声はやっぱそそる。昔はあんなに声を抑えて泣いていたのにな」  立ったままの不安定さの中に与えられる快感はいつもより強い。二十五階だがほかのビルからもしかしたら見えるかもしれないという背徳感も後を押す。  男の艶めかしい左手の動きであっという間に屹立した絹のペニスは天を仰いだ。 「もういいな。挿れるぞ」  窓に絹の背を押し付けると、向かい合い腕を自分の肩に回す。絹の片脚を左手で持ち上げ、ズルッと抜かれた秘部に右手で硬くなった男の中心を押し当てた。 「まだダメあっ」  先だけグッと押し込むと、不安定な体位のまま右手で絹の右脚も持ち上げる。窓に体ごと押し付けられ、あられもない姿にされたその瞬間。なんの突っかかりもなくズルッと男のモノが一気に奥まで挿入された。 「まさっあァアアアッ‼︎」  貫くような挿入に絹は叫んだ。 「まさあき、ダメッ、まさ、あきっああッ」  同意なく押し込まれたのに逃げられない体位のまま、止まらない律動に前立腺を弄ばれて。その快感に頬からもペニスからも涙を流して昌明の名を繰り返す。  薄暗がりの中を激しく上下する影が絶えず淫らに蠢き続けた。   一話・終  

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