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第2話
昌明は絹に挿入するやいなや、いつものことのように激しくピストンを繰り返して何度も深く貫いた。
「速いアア、あっ、ア」
絹が叫びを零すが昌明は止めない。
「腹に擦れてるのがガチガチだぞ。このまま動き止めなきゃイクだろ。連続で擦られんの好きだもんな絹。イけよ」
「やだぁ、前……触ってぇッ」
「嫌だね」
「いじわ……う、ウンッ、や、はっはんあ、ああァッ」
絹が挿入から一度も止まることのないピストンに堪らず射精した。
「はあァ……はあぁ……あ、あ」
「あぁ、見慣れたとはいえ……イッてる顔サイコーだな。俺も、……イク」
そう言うとイッた直後でヒクヒクと蠢く絹の入り口に追い討ちされ昌明も射精した。
「ま、昌明、も、や」
「ゴム替えて直ぐ挿れる」
そう言うと直ぐ後ろにあったベッドに絹を転がした。口でゴムの袋を切り手早く装着すると絹に覆い被さった。
「待って、休みた、いっ、やだ、まさ、アアッ」
ズルッと挿れられる。それは滑らかとも言えるような挿入だった。グチュグチュのソコは口では嫌だと言ったのに、直ぐにペニスを飲み込んだ。
「気持ちいい、絹」
「は、はああ、やあっ」
優しさを感じない快楽だけを追うピストン。再び止まることのないその波に飲み込まれた絹の体も、快楽慣れしていて擦られれば簡単によがった。
「も、やだぁっ」
「なんでやだ?」
「きもちい、からぁ! あっ、いっちゃっ、」
「ほら、イけ」
「イくぅッ! ……ンアッ!」
絹の中心は白濁を噴射した。昌明の乱暴とも言える性行為に絹は感じていた。昌明も貪るようにその体を喰らい尽くし、この後更に二度ゴム越しの射精を楽しんだ。
昌明と絹は横並びにきちんと寝ていた、仰向けで。到底恋人同士の情事の後とは思えない。
「なぁ、今日いつもより割りと燃えなかった?」
昌明があっけらかんに言う。
「まぁ結構……いつもよりかヨかった」
絹もなんとも適当な返し、のように聞こえるが、これは実は真面目な返しだ。どうやらセックスの開拓をしていたようだ。
「お前の声よかったもん今日」
「……ばか」
マンネリ故に今夜は乱暴なプレイっぽいのを昌明がしてみたのだった。照れた声でバカと返したこの感じ、どうやら上手くいったらしい。
「なぁ絹」
昌明はぐるっと絹の方に向き直り、確信めいた声で言った。
「お前、彗のこと好きだろ」
「……はあぁ?」
天井を見ていた絹が、一瞬の沈黙の後に昌明のほうを向いて放つ。
「誰それ」
「わかってるだろ。リリーの蟹江彗」
「で、いきなり何」
眉をひそめて昌明を見る。昌明は薄っすら口元に笑みを帯びている。
「好きなわけないだろ。嫌いだ」
「それはさぁ、立場上嫌いなだけだろ?」
「立場上も何もかも嫌いだよあんな男」
「嘘だ」
「なにが」
「彗に初めて会わせたときのお前、圧倒的に目を奪われてたぞ。お前は俺という男がいながら、目が濡れてた」
はぁっとため息を吐いて天井に向き直ると絹は子どもの感想文のような言葉を早口で投げる。
「そりゃあんな背も高くて脚長くて顔も良くて一般的なイケメンの平均値すら超えてんの出されたら! ……俺じゃなくても息ぐらい飲むだろ」
「いやそれだけじゃないだろ」
「なにもう」
まだ続けるのかという抗議の声色と共に鋭い横目をぶつける。
瞳を合わせたまま昌明が追求する。
「ただイケメンなんじゃなくて、絹のタイプだっただろ?」
一秒で目をそらした。一秒目をそらせなかった。天井に向かって会話する。
「そんなんじゃない」
「絹」
「タイプじゃない」
「タイプだ」
「なんなのもう! 寝ろ‼︎」
「やだ。俺腹減ったわ。居酒屋行こうぜ」
「はあぁ? こっちは腰死んでんだよ」
「じゃ、なんか買いに行こうぜ」
「話聞いてんのかよ」
絹は昌明を無視して背を向けた。仕方ないから何か買ってきてやるよとジーンズを履き昌明は部屋を出た。「もう恋人じゃないのに優しいなぁ俺って」と付け加えて。
途端に静かになった部屋。絹の耳にキーンとモスキート音のようなものが鳴る。
「あ〜ストレス、ストレス! 蟹江彗なんてただのストレスのかたまり! クソクソクソ‼︎」
掛け布団をバフッと翻し耳まで被って横を向いた。
「……クソタイプだから腹が立つんだろうが」
そう吐き捨てると、絹は目を閉じて眠りへと落ちた。
「絹おはよう」
「社長おはようございます!」
翌朝エチュードへ打ち合わせに来た絹は社長にとびきりの笑顔で挨拶した。
社長の契約はリリージュエルの蟹江のものになってしまったが、社長には若い頃自分を大きく育てて貰った感謝が計り知れない。それに昌明の仕事も一気に増え、これまでの契約にすぐ追いつき最早越えている。絹が社長に負の感情を抱く理由は全くなかった。
エチュードの現場は協力会社、いわゆる昔は下請けと呼ばれていた会社が早朝から入っていてこの日は打ち合わせの後に現場へ行く予定だ。
「昌明さん、おはようございます!」
「オハヨ」
昨晩の激しい性行為を微塵も感じさせない爽やかな挨拶で昌明のデスクの前に立つ。
「タワーレジデンス芝四丁目新築工事の導入器具、ピックアップして参りました」
「会議室にシマがいるからいっしょに待ってて。一服してくる」
いつも通りの流れ。会議室に向かう。コンコンッと手早くドアをノックすると「どうぞ」という聞き慣れた低音がした。
「シマさんおはです」
「おはです、真田さん」
低音の甘い声の主は島袋新《しまぶくろあらた》、通称シマだ。沖縄県出身、浅黒い肌、厚い唇、重たい二重瞼に眉下のくぼみ、どこを取っても沖縄県産の特徴まみれ。水の代わりに泡盛を飲む酒豪だ。
シマはエチュードと門真照明の間に入る卸の電設資材屋、コネクト電材株式会社の営業マンだ。
「なんかシマさん肌艶良くないですか」
「昨日遊んじゃった」
「やっぱり。どんなコ」
「男子大学生」
「うっわ、ヤラシ」
シマは三十四歳だ。タチネコどちらもイけるクチだが最近タチが好きらしい。ある日二丁目の飲み屋でバッタリ出くわしお互いゲイであることが発覚。それから秘密の交友関係に発展した。
なおこの関係は昌明も知っている。昌明もシマのことは仕事の出来る人間としてお気に入りだ。それに昌明とシマは同い年なのでなんとなく気心知れるところがある。
シマも絹が昌明と寝ていることを知っている。シマと絹はお互い全くタイプでないことを知っているので昌明も安心している。
実は今夜は三人で飲みだ。みんな楽しみにしている。また、シマと絹でサシ飲みすることもあれば、シマと昌明がサシ飲みすることも。
ちなみに絹とシマは真性のゲイだが昌明はバイだ。故に昌明は立場上いちばん偉いはずなのに二人に「これだからバイは!」と無礼講とおふざけでイジメられたりする。これが逆に上手いこと三人の均衡を保たせているところがある。
協力会社である以上に、歳の近い三人で仲良くやれている状態だ。三人とも酒好きなのもあり非常に良好な人間関係を保っている。
「お待たせ」
昌明が会議室に入って来た。
端末を開き在庫の有無と値段の話で小一時間詰める。今回も件名がデカい。やりがいのある一件になりそうだ。夜のネットリかつ白熱した談義からは想像もつかない冷静で坦々とした打ち合わせを三人で繰り広げた。
絹とシマは会議室を後にして一階へ降りる。するとリリージュエルの蟹江彗が来ていた。彗は絹を見て一瞬ドキリとするも、社長と慌てたようにシマのところへ駆け寄った。
「社長、蟹江さんこんにちは。あれ? うちの名取は?」
名取もコネクト電材の営業マンで、こちらは社長と彗の間に入っている担当だ。
「大変大変、可哀想に名取が盲腸で倒れて緊急オペ中だ」
「え、えええ」
「今朝腹が痛いからギリギリに着くって連絡が来てな。全然かまわんよって言ったものの来なくて心配してたらコネクトの所長から連絡がきた」
「あ、いまケータイ鳴って……あ、所長からだ」
「この件だよ、出ろ出ろ」
シマが電話に出ていると社長はそちらを気にして、なんとなく彗と絹が取り残された感じになった。絹は微妙に気まずく感じたが挨拶はせねばと口を開きかけた。が、先に口火を切ったのは彗だった。スッと一歩踏み出してきた。
ちっ近い。そしてメチャ背ぇデカイ。
絹が毛を逆立てた猫のようになる。
「真田さんお疲れさまです」
「お……疲れさまです。名前、知っていらっしゃったんですね」
「もちろんです! 今お名刺を。僕は」
「存じておりますよもちろん。蟹江さん」
「あ、ありがとうございます。でも、一応」
そうですね、と流れ的に名刺交換をした。来週ゴルフに行くしな、と。
「来週のゴルフですけど、どうぞよろしくお願いします」
早速きたなと絹は思った。お前なんかと死ぬほど行きたくねぇ、とも。
「こちらこそどうぞよろしくお願いします。僕はゴルフ行くの初めてなんです」
「そうなんですか!」
「練習には行っているのですが足を引っ張ると思います。すみません」
「何を仰いますか、変に気負わず気楽にやりましょう」
何が気楽にだ、お前がクソ上手くてシングルなのは昌明から聞いてるんだぞ。俺を馬鹿にするに決まってる。営業のくせにゴルフも出来ないで、と。
「お気遣いありがとうございます」
そう言って会釈をすると、絹は彗の影にスポッと入った。
ぐっ、本当に背がデカイな。こっちは百六十九センチしかないというのに。ムカつくなぁ。
背が高過ぎて、尚且つ緊張感もあって絹の目線が彗の胸のあたりで泳いだ。
え、あと何話す?
話題が無いんだけどどうしようかと狼狽えた瞬間、「真田さん」と彗が呼んだ。
反射的に「はい」と返事をしクイッと顔を上げる。ガッツリとまともに彗の顔が視界に入った。
ま、ぶしい。
絹が硬直した。
「真田さんのデビュー戦に僕なんかが混ざってしまってすみません。お付き合いの長い社長と昌明さんに新参者の僕なんかが混じってしまって」
マジで凄い造形だ。ハーフなんだろ? 日本人の部分どこにあるんだよ。
合わせた目が離せないでいる。絹の時間が止まってしまった。
「真田さん?」
「あ、いえ、……その」
ヤバイ、なんの話をされていたんだろう。ちっとも頭に入って来なかった。
なんか謝ってきてたのだけは雰囲気でわかっていたので慌てて返答する。
「お気になさらず。問題ないです」
「ありがとうございます」
絹の心拍数が上がっている。間近で見る美形はスゴイものなのだな、と。こんな至近距離で外タレ俳優並みのレベルを拝んだことがないからやたら緊張したじゃないかと汗が出た。
いつもの絹なら口では取り繕っても腹のなかでは「しゃしゃり出て来やがって」となじるところだ。しかし見事に何も聞こえなくて無になった。逆に視界からの情報量が多過ぎてパンクした。一瞬で三十分くらい経った気がした。まだ何処かフワッとしている。
「なんだって所長」
シマの電話が終わり、心配そうに発した社長の声でハッと現実に戻った。
「あ、なんか……こっちも僕が担当することになっちゃいました、エヘ」
「えーっ!」
これには絹も彗も社長も驚いた。
「大変になるけどよろしくな」
「お任せください社長」
わぁ、これは大変だぞと絹は思うと同時に大チャンスじゃないかと胸の中でシマを讃えた。
嗚呼、俺もこうなるはずだったのにな……誰かさんのせいで。
再びフツフツと本来抱えている負の感情が呼び覚まされる。
顔に騙されそうだった。危ない。やっぱりこんなやつ、嫌いだ。
絹はそれから彗の方を振り返ることはなかった。
コン、コン、というゆっくり目のノック。これは彗のノックだ。
ノックは性格が表れる。仕事はスピーディーにこなすが振る舞いは穏やかで優雅な動き。英国紳士に育てられたからこうなのか。はたまた本人の性質かはさておき。
「どうぞ」
「姉さああああああああん‼︎」
社長室に響き渡る弟のウキウキ声に姉はガクッと首を落とした。
「真田さんがどうかしたのか」
「なぜわかる」
「わかるわ! いつも穏やかなアンタが二倍速で喋るときは彼をたまたま見たとかそんなことだってもうわかるっていうの、それに」
アリスはグイッと彗の頬を摘んで引っ張った。
「なんだこの弛みきった笑顔はァアア。目尻垂れ過ぎ、な・ん・だ・よ」
「ひててててて! 目尻は生まれつきらよヒテテテテテッ」
ポイッと投げ捨てるように手を離すとサッとソファの背もたれに隠れ目だけ出して姉を見る。
「聞いてくれるか?」
「なんでも話しなさいな。静かにね」
ばぁっと顔を明るくした彗は背もたれを掴み勢いよく立ち上がった。
「だから!静……」
「今日、真田さんと、喋った」
これにはアリスも目を丸くして動きを止めた。
「一年後にして、やっと」
「そう、一年〝以上〟だ」
「すごいじゃない」
そっけない言い方はアリスの特徴なだけで、思ってないことは言わない。褒められた彗はデスクの前に飛んで行った。
「だろっ。ついにだよ。どうしよう。テンション上がりまくってる」
「ノンケ相手に」
「ノンケ相手に。ってなーんでまたそんな現実に引き戻すこと言うの! ま、いいんだ手なんか出さないし。ただお話できただけで嬉しいィイイイイッんだよ俺は‼︎」
パチパチパチパチパチパチ。
アリスが真顔で拍手を贈った。
「アンタがそれで幸せならいいと思う」
「姉さんが優しい」
そう言うとソファの上にゴロンと彗が寝転んだ。
「何してんのよ」
「や、俺二十年ぶりくらいに緊張したらなんかドッと疲れて……」
「もう帰んなさい」
「いいの⁈」
「名取さんのお見舞いの品も買いに行くんでしょ? もういいわよ帰って」
彗はスッと起き上がるとスイッチが入ったように人柄が切り替わった。外出用の英国紳士モードに入った。
「ありがとう姉さん。では、お大事に」
「いやお大事には名取くんだから。……大丈夫アンタ。頭の中はまだお花畑みたいだから転ぶんじゃないわよ」
「承知」
そう言うと静かにドアを閉めた。
「幸せならいいのよ姉さんは、アンタがね。小さな灯りでも、ないよりかはいい」
そう言って窓の外に視線をやると、ビルや高層マンションの無数の灯りをぼんやりと眺めた。
二話・終
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