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Ⅰ 総理帰国⑤
世間は騙されている。
「かー君」
「……」
「こっち向いて」
「……」
「ねぇ、かー君ってば」
黙れ、エロ大使。
俺はおこだ。
国政を執り仕切る、陰のナンバー2
総理も認めるの辣腕(らつわん)を知らない国民はいない。
『大使』と呼ばれる彼の異名は……
《黒陰の使徒 》
外交使節 最高長官という立場にありながら、総理の隣に常に彼は控えている。
腹心であり、懐刀の男の名は……
奥津 セイゴ
俺の記憶に間違いがなければな!
聞け!我が国家!
民衆よ
(日本国民、お前達は騙されている!)
奥津 セイゴは、ただのエロ大使なんだァァーッ!!
「ギャップ萌えするだろう」
「はぃ~?」
「かー君は知らないのかい?日本には、ギャップ萌えという文化があるんだよ。……こうだと思っていた人の意外な一面を見て萌えるんだ」
ねっ♪
「ゎわッ」
不意に顎を持ち上げた。
射貫かれる……
深い宵闇の双玉が、上から覗き込んでいる……俺の顔。瞳の奥を。
「かー君は、私に萌え萌えキュンキュンだろう」
ドキンッ
鼓動が鳴ったのは、闇色の奥深くに宿る光が鮮烈に刺したから。
俺は……あなたなんて……
「萌え萌えキュンキュンだよ」
顎を掴んで、体重をかけてくる。
「私は君に萌え萌えキュンキュン」
唇が……
甘い吐息を孕んだあなたが、鼻先を撫でた。
唇が近づいてくる。
「略して、君に萌えキュン♥だ」
あんた~
(いい年して、なにが萌えキュンだ!)
払った手
俺を包むあなたを思わず強く払いのけて、爪が掠めてしまった。
傷つけた?
あなたの手……
滑り落ちていく。
あなたの手と一緒に……俺の頬に熱い雫が。
俺、泣いている?
「すまない。怖い思いをさせたね」
甲の赤くなった手が頬に伸びる。
触れられる寸前に距離を取っていた。
指先が触れる事なく、空を切る。
………「あなたが嫌いだ」
どうして。
そんな事を口にしてしまったのだろう。
どうか聞こえてないでほしい。
小さな呟きは風に消えていてくれ。
聞こえてないで……と願う。
「知ってるよ」
吹き抜けた風が運んだ声は、ひどく澄んでいた。
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