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聖と洸

 食事は茎崎リオ(くきざきりお)にとって苦痛でしかないものだ。 それでも、生きる為に仕方なく、朝と夜だけは食事を摂る。これは両親の代りに自分を育ててくれた祖父母の為にだ。  両親を事故で失い、それ以来、何を食べても味がしなくなってしまった。それ故に昼休みも食事をとらずに、机に伏せっている。  誰も話しかけないでほしい。そういう気持ちもあったのだが、一人だけ馴れ馴れしく話しかけてくる男が居た。 「リオちゃん、一緒にご飯食べよ」  リオが苦手とする部類である、藤間洸(ふじまこう)は、どんなにそっけなくしても、めげずに話しかけてくる。  昼休みになると一番にリオの元にきてお昼を誘うのだ。  他のクラスメイトのように、放っておいてくれたらいいのに。  だが、洸は諦めない男だ。  リオは顔色が悪く、華奢な身体をしている。それ故に倒れないかと心配なのだろう。だが、それは余計なお世話でしかない。 「細いな……」  と腕を掴まれた。  いきなりなんだ。ムカついて洸を睨みつければ、見慣れた顔の筈なのに、どことなく違う人に見えた。  何かがおかしいと目を瞬かせていれば、 「俺は洸の弟で(ひじり)だ」  と、洸と同じ笑顔を向けてくる。  洸の次はその弟か。本当にお節介だなと思うのだが、何故か嫌な気持ちがなかった。  次の日の昼には、 「一緒にご飯食べよう」  そう言うと、大きなお弁当箱がリオの目の前に置いた。  食事などするつもりは無かったから、リオは首を横に振ると、問答無用で口の中へと玉子焼きが突っ込まれた。 「あ……」  吐きだそうと思ったが、柔らかい感触に、それを噛んで飲み込むと、甘めの味付けで、どこか懐かしい味がした。  あの日以来だ。味を感じられたのは。 「おいしい」 「よかった」  聖が相好を崩し、 「お前の為に作ったんだぞ」  と次から次へとおかずを差し出してくる。  リオの為にと、思いが詰まった弁当。だからだろうか、味を感じられるのは。  苦痛でしかなかったのに、どれもこれもが美味しくて、食べ終えた頃にはお腹が一杯で苦しくて。だが、気持ちはとても幸せだ。 「また、作ってくるから。一緒に食べよう?」  と言われて、リオは頷いていた。  その日から、聖が弁当を作ってきてくれるようになった。リオの為に出汁の利いた和食中心のお弁当を作ってくれる。 「沢山、おたべ」  里芋の煮物に、聖が自分の祖母に分けてもらったぬか床で作った漬物。鮭の西京漬けに舞茸の天ぷら。そして、おこわ。  どれもが美味しそうに見える。 「聖の作る煮物、好き……」  美味そうに頬張る姿を見つめ、聖の口元は緩む。 「お土産で西京味噌を貰ったからさ、作ってみたんだ。鮭、好きだろ?」 「うん」  リオは魚に箸を伸ばし、身をほぐして口に入れる。  食べた途端にホッとする。聖の作った物は美味しいだけじゃなく、心を温かくしてくれた。  リオは幸せな気分になる。だから、聖の側にいたいし触れて欲しくなる。それは昔に感じた事のある、とても暖かい感情だ。 「なぁ、今度さ、リオの家に泊まりに行っていいか」 「俺の家に?」  もうすぐ試験もあるし、と聖がリオの顔を覗きこんできた。  断る理由など無い。一緒に居られるのだから。  リオは周りに壁を作ってしまうせいで、今まで友達が居なかった。親戚以外の人が部屋に来るのは初めてだ。 「いいよ」 「やった。じゃあ、金曜日の夜から泊まらせて」  鼓動が高鳴る。嬉しいという気持ちでいっぱいとなった。

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