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act.04
「それで、アル。どこか怪しいところはありますか?」
エンツォが問い掛けると、アルが長い腕を組んで考える。トントン、と長い指が肘の部分を2、3回叩いた。
「そうだね……アヴァンティは、外していいかな。チリ産のワインが今年は当たり年だったみたいでね。それの儲け分だろうから問題ないよ。ドナートもシロ。あそこは所有しているオリーブ畑のオリーブを使った化粧品が最近ヒットしたから、その分プラスになってる。アルバもシロだ。他州に加工した金属を輸出する予定だった日に鉄道会社がストライキを起こしたそうだよ。船を使ってなんとか次の日には納品出来て事無きを得たんだけれど、船を使った分鉄道よりもコストが嵩んでしまったらしくてね。それらの損失額でマイナスになっているんだろう。ファブローニは……貸し倉庫業をしているんだが、報告では埠頭に置いているコンテナ倉庫が火災で炎上してその損失でマイナスってなっているね。けど、それにしてはあそこの人間はここ最近急に羽振りが良くなったらしいよ。ヒシギの管轄している風俗店でファブローニの顔役が度々目撃されているみたいだ」
思い出す素振りをした割にすらすらと答えてしまったアルに対して、アレッシオは驚きを隠せない。
抜け目ない、とか。銃や色恋には強そうだ、などといった印象は持っていたが、経営者そのものといった理知的な一面を見るのは初めてのことだったのだ。それも、構成員や準構成員といった直属の部下ではなく、先ほどアル自身が言った通り末端に近い組織の内部事情まで1つ1つ把握しているのだから、更に舌を巻く。
凄い、と喉まで出かかった言葉をアレッシオは飲み込んだ。アルのことであるから、口に出して褒めた途端調子に乗りそうである。
意味を多分に含んだような視線を寄越すアルを無視して、アレッシオは考え込む。
――――つーか、初めからファブローニがクロだってわかってたんだろな。
ここに来る前に既に目星をつけて動いていたのだろう。初めから調べが付いているのだったら、ここ――カジノ“グロリア”まで折角来たというのにとんだ茶番だ。
しかし、茶番に付き合わせるだけのためにアレッシオをここまで連れて来たとは考えにくい。アレッシオの予想だが、恐らくヴィンツェンツォとの顔合わせや、彼の持つ能力をアレッシオが把握するため。それと、カジノ“グロリア”の存在や情報を共有しておくためだろう。
となれば、今後このカジノへ足を運ぶことが度々ありそうだ。
「で? ファブローニの規模は?」
アレッシオがアルへ話を振った。
クロだと分かりきった今、アル達がファブローニを野放しにしておくはずがない。近いうち、いや、今日の内にも対応を考えるはずだ。勿論、穏便に済ませるはずもなく、争いになるのは明らかだった。
「10人くらいだったかな。そう大きい組織じゃない。その上、古参でもないから忠義心にも欠ける。若さと勢いはあったからそこそこ買っていたいたのに、残念だよ」
吐き出した言葉とは対極にあるような、ゾッとするような綺麗な笑みをアルが浮かべる。もし悪魔がいるならば、アルのような笑みを浮かべるのかもしれない。
アレッシオがアルの腹に一物でも二物でも抱えていそうな妖艶な笑みに呑まれていると、近くから溜め息が聞こえた。
「残念と言うんでしたら、残念そうな顔をしてから言って下さい。アル、貴方は顔と言動があっていないんですよ」
エンツォが、軽蔑を含んだ視線を冷ややかにアルへと送る。
「そうかな? これでも、十分残念がっているんだけれど。子猫ちゃんは、どう見える?」
話をこちらにふるなよ、と言いたいのを飲み込んでアレッシオは答えた。
「エンツォと同意見だ」
エンツォと同じ、というのが微妙だが真実をねじ曲げる訳にもいかない。それに、アルを援護する必要性も感じなかった。
「それで、カポ。これからどうするんですか?」
ヴィンツェンツォがエンツォの顔を見ながら、今後の予定を尋ねた。
すると、あまり間を置かず「向こうに勘付かれる前に動いた方がいいでしょうね」と、エンツォが静かに言った。
「人数は、どれくらい必要ですか?」
「大勢でいっては勘付かれてしまいますから、少数で。被害も最小限に抑えたいですし、出来るだけ銃撃戦へ縺れ込む事も避けたいです」
「なら、ルチアーノさんのところに連絡してみましょうか」
トントンとヴィンツェンツォとエンツォの間で進んでいく話を聞いていたアレッシオだったが、ヴィンツェンツォの口から出た名前にピクリと眉を上げた。
「ん? でも、ルチアーノって確か今どっか行ってるんじゃないか? ほら、会議の時居なかっただろ」
同意を求めるように会議に同席していたアルやエンツォに視線を送ると、2人は各々短い返事をしながら頷いていた。
「え、そうなんですか? だったら、どうしましょう?」
頼みの綱が不在であったことにヴィンツェンツォが動揺する。彼の視線は自分の上司であるエンツォに向かって注がれていた。きっと解決策を提案してくれるのを待っているのだろう。
が、解決策を口にしたのはエンツォではなく、アルだった。
「ヴィンちゃん、そのままルチアーノのところに連絡してくれないか。ルチアーノは不在でも彼がいるかもしれないから」
アレッシオはアルの言った“彼”のことが誰であるのか分からなかったが、ヴィンツェンツォにはわかったのだろう。
「わかりました!! 直ぐに連絡しちゃいますね」
パン、と手を叩いた後、長い髪を揺らしながらフロアの奥の方へと駆けていってしまった。
アレッシオは、まだこの場に残っていたジョコンドの方を見た。彼も自分と同じく“彼”が誰であるのかを理解していないと思っていたのだが、彼の表情には疑問の色は浮かんでいなかった。
結局、分からないのは自分だけか。部外者ではないはずであるのに、疎外感が否めない。
なんとなく面白くなくて、口の端を曲げているとアルが小さく笑った。
「“彼”って言うのは、ルチアーノが最も信頼を置いている部下だよ」
「ヴィンよりクセが強いですが、腕は確かです」
知りたいことを知れたのはいいが、アルに次いで説明してくれたエンツォまでもが何故だかうっすらと笑っていて、アレッシオは2人から視線を反らした。
程なくして、ルチアーノのところに連絡しにフロアの奥へ行っていたヴィンツェンツォが、また長い髪を左右に揺らしながら戻ってきた。
「それじゃあ、こっから俺達はファブローニに向かうとして、ヴィンちゃんは先に本部の方に戻ってパスクァーレと連絡を取って欲しい」
見計らって口を開いたアルが、次の指示を飛ばしながらアレッシオの肩を抱いた。
相変わらず馴れ馴れしいというか、場の空気が読めない――――いや、読んでいても敢えてぶち壊しにくる男だ。
肩を抱いたままのアルの手を叩き落としたアレッシオは、思い切りアルの足を踏んでやった。
上等な靴の踵は、アレッシオが想像していた以上に固かったらしく、アルが踏まれた方の足を押さえるようにして屈み悶絶していた。
ヴィンツェンツォは、アレッシオがアルの足を踏みつけた現場を見ていたのだが綺麗にスルーし笑った。
「分かりました!! 皆さんのお帰りをお待ちしてますね!!」
阿呆なのか、図太いのか。どちらにせよいい性格をしている。アレッシオは内心苦笑いをしながら、エンツォの方を向いた。
「エンツォは……どうすんだ?」
「私は別件がありますので、ヴィンと先に戻っています」
予想通りの返答に、アレッシオはただ頷いた。キチガイ2人と対峙した時に分かったが、アルよりもエンツォは頭に血が昇りやすい傾向にある。血気盛ん、といえば聞えはいいかもしれないが裏を返せば挑発に乗せられやすい、ということでもある。
アレッシオも頭に血が昇りやすい方ではあるが、戦闘となれば話は別だ。身体は熱くなったとしても、頭は常に冷静でなければ勝てる勝負も勝てなくなってしまう。
エンツォの腕が下手くそ、というわけではないが万が一のことも考えて、不安要素は1つでも取り除いておきたい、というのがアレッシオの本音だった。
「んじゃ、また後でな」
アレッシオはヴィンツェンツォの肩を軽く叩くと、先ほど入ってきた扉の方へと歩き始めた。ひらりと後ろ手に手を振って、そのまま扉を開けようとしたのだが、スーツの袖が引かれる感覚に足を止めた。
振り返ると、エンツォの神経質そうなピンク色の瞳がアレッシオをじっと見ていた。
「あの、……」
「ん? 何だ?」
珍しい相手に引き留められたものだ。引き留めた用件が激励ならいいが、小言ならばさっさと退室してしまおう。
アレッシオがそう思っていると「その、……気をつけて行って来てくださいね。貴方、色々と無茶をしそうですから……」と、エンツォの口から出てきたとは思えないような台詞が聞えてきてアレッシオは口をあんぐり開けたまま固まってしまった。
今、彼は何と言っただろうか?
アレッシオの聞き間違いでなければ、アレッシオの身を案じるような言葉が聞えたのだが。
いまいち自分が耳にしたものを信じられないアレッシオが、聞こえを気にするように左右の耳を軽く叩く。
が、聞こえが悪い、とかいった目だった異常はみられない。ということは、先ほど聞いたのは聞き間違いでも何でもない、ということだ。
「お、おう……、行ってくる」
ようやく口にした返事は動揺しすぎでどもってしまった。
しかし、何故突然エンツォはアレッシオの身を案じるようなことを言ったのだろうか。嫌われているものばかりと思っていたが、本当は違うのだろうか。
新たに生まれてしまった疑問に頭を悩ませながら、アレッシオが扉を開け通路へ出る。その後ろからアルがやって来てアレッシオに追いつく。そうして、親しげに肩を抱いた。
「妬けるな。子猫ちゃん、俺だって君の事を心配しているんだからね?」
「ん、ああ……」
耳朶に直接吹き込むように囁かれたが、アレッシオの頭の中はエンツォに対しての疑問で一杯で、それどころではなかった。
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