悲しいとか、寂しいとか、負の感情は何も芽生えなかった。むしろ芽生えるための芽すら持っていなかったんだと思う。発進した車は、明るい夜の道を進んでいく。一体どこに向かっているのか分からない。次に俺が発した言葉は思ったよりも低く、冷静だった。 「で、なんで颯は知ってるんだ？」 　前だけを見て聞く。 「んー……」 　運転しながらも、答えようとしない颯は昔も今もよく本性が分からない。どの顔が颯なのだろう。どの顔も颯であり、どれも偽りなのか。何度考えてもかつてと同じ、分からないままだ。 「懐かしいな」 　車を止めて、流されるまま辿り着いたのは二人共読者モデルだった頃に来ていたバー。そんなにお金も持っていないのに、少しのお酒で夜遅くまで話し、時にはナンパしたり、入り浸っていた店が変わらずそこにあった。 　当時よりも軽く感じた扉を開ければ、カランと鐘を鳴らす音を合図にマスターがこちらを見る。 「おお！颯！と……樹矢？樹矢じゃないか！」 　懐かしすぎる人物が現れて、驚いた。覚えてくれているのに感謝して、今の活躍も雑誌やたまに出るテレビで見ては応援してくれているらしい。 「ありがとうございます。マスターは変わらず、元気そうで」 「そりゃあ元気元気。こうしてまた会えて嬉しいよ」 　ニッコリと優しく笑みを向けてくれるマスターは、売れないモデルだった俺達の当時と変わらない態度で接してくれ、それがまた嬉しかった。 「とりあえず、乾杯」 　知らない間に一杯目を注文してくれていて、細いグラスの持ち手に指を絡め颯のグラスとチップして音を鳴らす。