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其時-sonotoki-1

 朝なのにグレイの分厚い雲が頭上に浮かび夜からの街灯が消えず点灯している。  折りたたみ傘が入っていて何時もより重量を感じる鞄は肩に負担を掛けるだけで、気持ちを軽くはしてくれなかった。 「生きてるかな……」  誰にも頼る事をしないまま生きてきた人は、壊れるか強くなるかどちらかしか選べないと思っている。前者はまさに今から会いに行く人で、後者は俺みたいな人を言うのだろう。  幼い頃に事故で亡くした両親は、自分が産まれながらにとても愛情を注いでくれていた。具体的にどんな愛情表現だったかは、何も覚えていないけれども愛情という温もりは知っていた。 「こんばんは」  真っ白な四角い箱の病院は、中身も白く綺麗に保たれていた。一つ一つの部屋の中にも温もりは感じず、無機質な冷たい空気が流れていた。 「颯くん……。こんばんは」  初めて出会った時よりも脂肪は減り、骨ばった指はなんだかシワが増えた印象だ。やせ細った顔は以前よりも表情が豊かになり、生気はあるものの生きようという強さは全く感じてこなかった。  いずれ訪れる死をただ待っているだけの様な、何も失うものは無いとそこに居るだけだった。 「今日は雨予報らしいよ」  窓の外を見る彼女に話しかける。特に会話をする必要も無いがこれは一種のリハビリだった。 「そう。だから外が真っ暗なのね」 「あのね、樹矢に……会えそうだよ」  目を見開いて、俺を見れば「そう…なの」と母親とは思えない複雑で申し訳無さそうな表情を見せた。

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