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其時-sonotoki-3

 読者モデル時代に一緒に苦楽を共にした樹矢の母親だったとは。今では息子である彼は国内で人気のモデルになっている。表紙もブランド物のイメージキャラクターにも選ばれていて、街の看板のあちこちに樹矢がいる為、知らない人の方が少ないだろう。  その少数派の中に目の前にいる彼の母親はきっといる。「どこで何してるのかな……」と、遠くを見て呟いている。 「息子さんを探してるんですか?」 「……会いたい訳では無いの」 「母親としてダメダメだったから」とバツが悪そうに俯く。自分自身の重ねた手が震えて、揺れる髪の毛に表情は隠れているがきっと泣きそうになっている。 (旦那さんは……?)  喉まで来ていた聞きたかった事を飲み込めば、昔の景色がフラッシュバックする。 「父親は蒸発したよ。」  冷たい視線で遠くを見つめで答える樹矢の言葉が記憶の中から蘇る。  この家族は、愛情という温もりを知らない。  樹矢から感じたその事実を母親からも同じ様に感じた。壊れた朋世さんの心は、息子に愛情を与えるは出来ず、結果として壊れかけた樹矢は俺と出会った。  最後に会った時も樹矢はただ生かされた人形の様にするべき事を熟していくだけで、純粋な笑顔は見せる事が無かった。カメラマンに向ける表情は完璧に作られたものを完璧に見せていた。  しばらくの間、俺は朋世さんの病室に通い時間のある日は会話が続かなくても出来るだけ話しかけた。愛情を与える事は出来なくても、人と人が会話して生み出される温もりだけでも感じて欲しかった。  ふとした横顔は過去の樹矢に重なり、何故か胸が締め付けられていた。  ある日、コンビニに立ち寄ると雑誌コーナーから視線を感じた。振り向けば目が合う。その相手は万人受けするキラキラな笑顔をした、かつて見た事がない純粋に笑う樹矢の姿。  俺は当時との変化にすぐ気が付いた。  とっさに携帯を取り出して電話帳をあ行から順に下にスクロールしていく。 「まだあった…。」 "瀬羅樹矢"の四文字が並ぶ画面のまま、画面を消して携帯をポケットに入れ、朝になったら電話を掛けようと胸に思いながら帰路につく。

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