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郷愁-nostalgia-1

「で俺は今、樹矢に会ってるって訳」  カラカラと指先で持ったグラスの中の氷を音立てて俺を見る。その表情は何か企んでいるといった感じでも無かった。 「颯は俺にどうして欲しいの?」  横並びのカウンターに座る俺らは、自らの意思で動かないと横顔しか見えない。俺は颯に顔が見えるよう横を向いて聞いた。 「こうして欲しい……。例えば朋世さんに会って欲しいとか、見舞いに行けなんて思ってない。ただ、今の母親の状況を知ってて欲しかっただけだ」 「せっかく生きてるんだからさ」と呟く横顔は寂しそうで切なそうだった。俺には救えない。愛情を受けた彼を親からの愛情を貰わなかった俺は救えない。 「話はこの事だけ?」 「ああ。何?近況報告でもする?」  やっと正面から見えた颯は、昔と変わらない綺麗な顔つきをしていた。 「ほんと、裏方にいるのは勿体無いよな」 「ん?なんか言ったか?」 「いや、なんもない」 「どうぞ」とバーテンに差し出された新しいお酒を受け取り、口に含む。 「あ、そういえば恋人いんの?」 「……っ!っゲホッ!ゲホ……!」  いきなりの話の切り返しに驚いて、アルコールが器官に入り咽る。アルコールが器官を燃やすように熱くなり気休めにもならないが、思わず喉を手で抑える。 「大丈夫か?」 「っ……う、うん」  なんとか返事をして、スッとグラスに入った水を颯から貰う。「ありがと」と受け取り、一気飲みをする。母親の事で酔いなんて覚めてたのに、更に覚めて覚醒したみたいにアルコールは飛んでいった。 「で、いるの?」  ふぅ。と一度呼吸を吐いて、落ち着かせる。 「いるよ。本気だから邪魔しないでね」  そういえば、颯も男が恋愛対象だったな……。一緒にモデルをしていた時はこのバーで良い子を見つけてはそれぞれ持ち帰っていた事思い出す。 (懐かしい……朱ちゃんが過去の俺を知ったら嫌な顔するだろうなぁ) 「なに。頬緩ませて幸せそうだな。彼女の事を思い出した?」  颯も微笑んでお酒を飲む。どこか寂しそうだけど、それも俺には救えない。 「じゃ、これでお開きにするか。朋世さんの事もこれでお終い。何かあったら連絡しれくれればいいよ。世話は俺がしとくから気にすんなよ」 「……ありがとう。ごめんな」 「なんで謝んだ?助けたのがたまたま俺だっただけだろ」  席を立って会計をしようとすると颯に財布を出す手を止められる。「いいよ」と投げ捨てられた言葉は、本当にいいんだろう。その言葉に甘えて、「ありがと」しか返せなかった。  

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