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焦点-focus-1
今日も俺はシャッターを切る。
もう出会ってどれくらい経ったのか、どれだけの時間を一緒に過ごしたのかも分からないほど俺の近くにいる彼に向かってピントを合わせて、その瞬間を切り取っていく。
何度繰り返してもドキドキしてしまう。
彼の魅力に虜になったのは、初めて彼を雑誌で見た時から。
「瀬羅さん、着替えまーす」
スタッフの声とともに撮影スタジオから衣装の並ぶ部屋へと移動する樹矢。
歩きながら脱いだジャケットをスタイリストさんへ渡す。「ありがと」と笑顔と感謝は忘れない。その様子を横目に、俺は次の撮影のバック決めとカメラテストを行う。
「ありがとうございます。須藤さん」
「え?」
準備中、彼のマネージャーである成田さんからの思ってもいない突然の言葉に驚く。
「いやぁ、こうして定期的に須藤さんとの撮影がスケジュールにあるだけで瀬羅くんのメンタルが保たれている気がして……」
そのまま、成田さんは話を続ける。
「天真爛漫な方に見えて、色々考えてらっしゃるじゃないですか。瀬羅くんって。特別、須藤さんのお話を良くするわけでは無いんですが、彼にとって大切なタイミングの時や節目の機会は、必ず須藤さんの撮る写真が良いと言われますし、私もその通りだなと思っているので」
「こちらこそ、ありがとうございます。樹矢くんを撮り続けることが出来て、誇りに思います」
「全部、成田さんのお陰ですよ」と、俺は微笑んでカメラの調整を始める。
初めて会った日から、俺のピントは樹矢に迷うことなく定まった。すぐに外してしまおうかと思うほどの樹矢の急激な距離の縮め方に驚いたけれど、あの笑顔で巻き込まれた。
それからも、樹矢の見せる沢山の顔を俺は写真に収めた。仕事でもプライベートでも数え切れないほどの彼を残している。
大体のモデルさんは、撮影をし過ぎて写真を見ても覚えていないことが殆どなのに、樹矢は違った。
写真を撮った時のことを忘れることなく覚えていた。エピソードまで語れるほど、覚えていた。
「カメラマンが朱ちゃんだからね」
そう笑って答えるけれど、俺は知っている。
俺が撮っていなくても、覚えていることを。
沢山のスタッフさんが関わる仕事。その一人一人をよく見て、行動していること。そして、あの屈しない笑顔で周りの皆を包み込んでいること。
「そりゃ、愛されるよな」
色んな雑誌やテレビで取り上げられる。彼は愛されキャラだ。と。
ふっ。と思わず樹矢の笑顔が頭をよぎり、笑ってしまう。
「瀬羅さん、はいりまーす!」
「お願いしまーす」
スタジオに再び姿を現した彼は、俺の前に立つ。
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