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第3話
「邪魔をする」
「こっ、これは、トーレ……様……!!」
「フレヤが寝込んでいると聞いた。昨日、何かあったのか教えてくれないか?」
「御者にも聞きましたが昨日はこれといって異常はなかったのです。ですが今日は朝になってもベッドから出る事ができないと……食事も摂っていないのです」
「あんなに少食なのに食事を抜いたら体調を崩すのではないか?」
「はい。それを心配しております」
せっかくだから、と部屋の前まで案内され扉の外から声をかける。
「フレヤ、俺だ。具合が悪いのか? 怪我か?」
「トーレ様!? いたたっ…… だっ、大丈夫です! 少し疲れただけですから!!」
「やはり足を痛めたのか?」
「違います! 大丈夫です! ……せっかく来ていただいたのにお顔も見せられずに申し訳ありません」
「大丈夫なら良い。俺にできる事があったら言ってくれ」
「トーレ様、ぼく……ひとつだけお願いがあります。部屋に入ってもらえますか?」
父親と顔を見合わせ、許可を得て部屋に入ると父親だけ追い出されてしまった。
「トーレ様…… あの、笑わないでくださいますか?」
「笑う?」
「はしたないと……嫌わないで下さい」
「はしたない?」
何のことだか分からない。何があったと言うのだろうか。
「笑わないし、嫌わない」
「ありがとうございます! いたっ!」
「どこか怪我をしたのか?」
「実は…… し……尻尾の付け根が…… 筋肉痛なんです」
「きんにくつう」
「ご存知ありませんか? 昨日はとっても嬉しくていくら我慢しても尾が揺れてしまって。でもはしたないから一生懸命力を入れていたんです。それで…… 付け根が痛くなってしまって……」
「分からないが、薬はないのか?」
「ありますけど自分では上手く塗れませんし、こんな場所、恥ずかしくて人に頼むこともできなくて……」
「尾の、付け根……?」
「そうです。だからトーレ様以外に触られたくないんです。薬を塗って、下さいますか?」
そこを触る、触らせる、と言うことは婚姻を了承する事にもなる。
俺は……
「本当に俺で良いのか? 俺はあなたを幸せにできるのか?」
「できます! あなたにしかできないんです!!」
「そうか。……嬉しいものだな。嫌になったらいつでも離縁してくれ」
「嫌いになんてなりませんから」
「では、薬を塗ろう」
「!! おねがい、します……」
差し出された軟膏の蓋を開け、毛布をめくる。
向こうを向いて横たわる華奢な体を覆うゆったりとした夜着。その裾をめくると白く艶かしい肌が露わになった。
ごくり
知らず鳴る喉の音がやけに耳に響いた。
「本当にいいのか」
「痛いんです。お願いします」
意を決して夜着を腰まで引きずり上げると白く小ぶりな双丘の上に淡い金色に包まれた美しい尾が姿を見せた。下着はつけていないようだ。
「ここに、塗れば……いいんだな?」
「ん……! はい、そうです」
呼吸が荒くなり心臓が暴れ出す。それを理性で押さえつけて指ですくった軟膏を白い肌に塗りつけた。
ゆっくりと、優しく。
信じられない手触りに魅入られ必要以上に撫で回し、ぬらぬらと妖しく光るほどにしてしまった。
し……尻が……丸い……
手のひらに寄り添う滑らかな丸み。
「トーレ……さまぁ……そこは、やぁん……」
「!! す、すまん! こんなに心地良い手触りは初めてで」
「うれ、し……でも……我慢できなく、なるぅ……」
明らかな発情に身を震わせて耐えているフレヤ。俺の頭の中にこれ以上ここにいてはいけない、と言う声が聞こえる。
下腹部が痛いほど張り詰めている。
トントントン
「トーレ様? フレヤの具合はいかがでしょうか?」
「あっ、あぁ。大丈夫そうだ」
フレヤの夜着の裾を直し、毛布を掛けて手に残った軟膏を手ぬぐいで拭って部屋を出た。
「慣れぬ森で疲れたようだ。……それで、その……俺などが望むのはおこがましいのだが、フレヤを妻に貰い受けたい」
「おお! 決断して下さいましたか! 私が言うのも何ですが、あれは黙っていればニンゲンの妖精などと言われるほどに美しいのに、見かけと違って気が強く、頭も良くて……尻に敷かれますぞ」
「あぁ。金持ちの息子だから苦労など知らぬ箱入りかと侮っていたが、昨日、俺は世間知らずだと叱られた。俺を幸せにするから自分も幸せにしてくれ、と。俺には過ぎた相手だが、あちらが選んでくれたのだ。俺も容姿を言い訳にせず、フレヤを幸せにしたいと思う」
「婚儀についてはこちらで全て用意いたします。よろしいですかな?」
「申し訳ないが、よろしく頼む」
それからは害獣駆除の仕事はギルドを通し、持ち帰ると良い物も覚え、生活が豊かになった。小屋は建て直し、家具や食器は宣言通りフレヤが持って来た。
「トーレ……おれ……その……謝りたくて……」
新しい家が建った頃、ダンが訪ねてきた。
「おれ、何をやってもダメで、そんな姿のトーレがあんなにすごい腕を持ってるのが羨ましくて……間に立ってやろうと。ついでに少しくらい仲介料を取っても良いんじゃないかな、って。それで……」
「……そうだったのか。だが俺はそれでも救われていた。これからの仕事はギルドを通すが、また友人に戻る事はできないだろうか?」
「……恨んでないのか?」
「事情があるのだろうと考えていた。お前が話しかけてくれる事で俺は随分と救われていたんだ。恨んでなどいない」
「ありがとう! おれ、真面目になる!」
仲直りに夕飯に誘い、共に飲んだ。
フレヤはあまり良い顔をしなかったが何も言わないでいてくれた。
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