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第1話 浮気されています。

付き合って、と言われて俺はガラにもなく手が震えたのを覚えている。 俺の目の前には、耳まで真っ赤にした尾関 圭人がいて。冗談ではないと感じた。 誰もいない教室の中、それは男の俺に向けられた言葉だった。 震えている手をグッと握りしめて 、俺、矢作優羽は頷いた。 尾関圭人の事を密かに好きだったから。 その瞬間の圭人の表情が忘れられない。 ほんとうに、嬉しそうに笑ってくれた。 ……のに。 ここ最近、会っていない。 会話もしていないし、メールやLINEもしていない。 もちろん、学校で一緒に昼ごはん なんてもぅどのくらい過ごしてないのだろうか。 …付き合っているのだろうか。 それすらも、分からない。 「やぁだ、圭人くんってばぁ。こんな所でエッチ~。人、来ちゃうよ?」 不意に聞こえた名前に足が自然と止まる。 日直の俺は、授業で使った資料を戻すのを頼まれて人気のない社会科準備室に来ていた。授業中なのに。 特別教室の多いここは、サボるのにうってつけの場所でもある。 声が聞こえたのは、視聴覚室からだ。 「だぁーいじょぶ。今、授業中だろ?誰も来ないって」 笑いながらそういう声は、あの時俺に付き合ってと言った声と同じ主だ。 いや、俺、いるし。 涙も出ないし、哀しさもなかった。 あるのは またか、という思い。 尾関圭人は、浮気者だった。 俺は、何事も無かったように足を動かす。 早く資料を返さないと重くてしんどい。 楽しそうな2人の声は、ドアの隙間から漏れている。 「あ、いた。おい、優羽!」 自分を呼ぶ大声に振り返ると、視聴覚室の中からドタバタと慌ただしい音がしてドアが開いた。現れたのは久しぶりに見る恋人。 いつもキレイにセットされている髪の毛は乱れ、制服のシャツのボタンも全部外れていて逞しい上半身がチラチラと見えた。 「...優羽」 困ったような、何やら複雑な表情の圭人を無視して俺は自分を呼んだ奴を見た。 「なに?」 「...あぁ、これも片付けろって。恒りんが」 山根が持っていたのは、授業の資料。 社会教師が使い終わってすぐに持たせたんだろう。 俺と圭人をチラチラと見て、山根はこっちに近づいてきた。 「...圭人くん?どしたのぉ~?」 甘い声を出し、今まで圭人とイチャイチャしていた女子が圭人の後ろから抱きつきながら顔を出す。化粧が派手だけど、可愛い女子。 「ばっ、向こう行ってろって!」 圭人は、慌ててその子を隠すように教室の中に押しやる。 今更、何を隠そうとしているんだろうか。 「…バカだな、お前」 山根が通り過ぎ去る際に、圭人にそう呟いたのを俺は知らない。

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