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離された手。
俺の手を掴んだのは松木君だった。
大きな手。楽しそうにピアノを弾く綺麗な手。優しい手。
「...先輩」
呼ばれて顔を上げる。
眉毛を下げた男前と目が合う。
「...ごめ、俺 ちょっと、...ごめん」
片手で顔を覆って、見られないようにする。
きっと、俺の顔は酷いことになっている。見られたくない。
「太一郎!?...離しなよ。先輩、尾関先輩と付き合ってるんだよ。邪魔だよ」
「...え?」
空気が固まった。
掴まれた手に力が入るのが分かる。
「尾関先輩との仲を邪魔するの、良くないよ」
武藤萌乃ちゃんの声も硬くなっているが、何も頭に入ってこない。
「...本当、ですか?」
聞いたことのない松木君の低い声。
俺は...答えることが出来なくて俯いたままだ。
「そうだよ!あたし、見たもん!」
必死に松木君を引き止める武藤萌乃ちゃんの想いが伝わってくる。なりふり構ってられなくて、いつもの余裕のある表情じゃない。それほど、松木君の事を想っている。
痛々しい程に。
「そんで?」
飄々とした圭人の声がこの重い空気を切り裂く。
「俺と優羽、付き合ってたよ。...今はそうじゃないって、お前分かるだろ?」
それは、松木君に向けられた言葉。
「...」
「ほ、ほら!やっぱり!!き、気持ち悪い!男同志で付き合ってるなんー」
「やめろっ!!」
してやったりの武藤萌乃ちゃんの言葉を遮ったのは、松木君の怒鳴り声だ。
「...太一郎?」
「...やめろ、萌乃」
「な、なんで?あ、あたし、太一郎の事が心配で...っく、ひっく」
武藤萌乃ちゃんは大きな瞳からボロボロ涙をこぼしてうずくまって泣き出した。
「...手、離せ。お前、優羽と話する前にやる事あるだろ?」
強く掴まれた手は、圭人によってあっさりと離された。
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