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I fall in love:変な刑事

 最近この時間になると、無性にイライラしていた。  塾の帰り道、いつ親に模試の結果が届くのだろうと無駄にビクビク。その反面そんな自分のことが情けなくてイライラ。  俺は矢野 翼(やの つばさ)。私立高に通う受験生なのに、自分の将来がまったくもって見えず決められず、そして何になりたいのかも分からない状態だった。結局、親の言いなりになって、大学に受験することに決めたんだけど。  親の言いなりになる事は、自分で何も決められないのが悪いんだし、模試の結果も自分の普段の頑張りが足りないから悪いのは、痛いくらいに分かっている―― 「そんな自分自身に、腹立ててもなぁ……」  呟いたところで、このイライラが収まるわけもなく、家までの道のりを、ウンザリしながら歩いていた。  その時、右手前のコンビニから覆面を被った人間が、慌てた様子で出てくる。その手には、刃渡り15センチくらいの包丁を持っていた。  目の前はT字路になっており、その先は大きな通りにつながる道があるだけ。逃げるとしたら人通りの少ない住宅街に繋がる、こちら側に向かってくるだろうな。 (……相手は包丁を持っているんだから、慎重に対処せねば)  肩にかけていたカバンを、勢いよくドサッと下ろして軽く息を吸い込み、腹にためるように吐く。  覆面を被った人間は迷うことなく、邪魔になるであろう俺に突進してきた。  次の瞬間、奥歯を噛みしめて、左手で包丁を持っている手を叩くように素早く払い除け、右手で襟首をむんずと掴む。  掴んだ右手を軸にし、自分の体重を使って上手くぶら下りながら、左足を相手の体の横へ出して強引に倒した。そのまま綺麗に真横へぶん投げれば、横落(よこおとし)の成功!  落とした拍子に、包丁をどこかへ飛ばしてくれたので、安心して絞め技に取り掛った。自分の右手で相手の着ているシャツの左袖を掴み、締め上げながら左手は、逆のことをしていく。ゆえに、どんどん締まっていくんだ。  コンビニから、覆面被った人間が出てくる=強盗。  世の中不景気なのは分かるが、どうして俺の目の前に現れたかな。小中学校を柔道教室に通っていたお蔭で、上手く対処できたけど、何も出来ないという状況だったら、どうしていただろう?  締めながら俯き、うーんと考えていると、何となく視線を感じた。  ふと顔を上げて見たら、息を切らしたサラリーマン風の男が、まじまじと俺を見ているではないか。 「あの、喧嘩じゃないです。偶然、強盗に出くわしてしまって」  あまりにも食い入るように見つめるので、思わず弁解をしてしまった。 「見事な柔道の技だったよ。君、強いんだね。その強盗、伸びちゃってる」 「やべっ! やり過ぎた……」  慌てて締めていた腕を離し、強盗のマスクを剥ぎ取ってその様子を見ると、気持ち良さそうに気絶していた。 「悪いことをしたんだから、多少のお仕置きは必要さ。お手柄だったね、高校生!」  嬉しそうに言って、俺の肩をポンポン叩く。  ホント、気絶するまで、やっちゃって良かったのか!?  日頃の憂さ晴らしになったようで、正直に喜べないでいる俺を、不思議そうな顔をして、じっと見つめるサラリーマン。 「謙遜するなんて、珍しい高校生がいたもんだ。遅ればせながら、俺はこういうモノです」  そう言って、胸ポケットからドラマでよく見る、黒い手帳をジャーンと見せてくれた。 (――なんだ、刑事だったのか) 「そこのコンビニから通報あってね。ちょっと前に、近場のコンビニも強盗に入られてたから、近隣を捜査していたんだ。いやぁ、ビンゴビンゴ」 「捕まって良かったです……って、どうして手錠しないんですか?」  なぜか持っている紐で、強盗の手首をグルグル巻きにしていた。 「俺、三課の刑事じゃなく、一課の刑事だから。応援要請あって、ヘルプに出てただけだし」  その言葉に、小首を傾げる。 「へぇ、自分の手柄にしないんですか。何か、勿体ない感じしますけど」 「手柄が欲しくて、犯人を検挙してるわけじゃないよ。世の中、平和であってほしいなぁと思っている傍ら、その実はギブアンドテイクな世界なんだ高校生。こっちも人手が欲しいときは、応援要請するからね」 「いろいろ……あるんですね」  警察の内部事情を、少しだけ垣間見た気がした。 「ところで高校生、こんな時間に外をブラブラしているのは、どうしてかなぁ? 名前、教えてくれる?」  顔はにこやかだけど、有無を言わせないプレッシャーを感じさせる口調に、思わず身構えるしかない。 「私立校三年の矢野 翼です。塾の帰り道に、強盗に遭遇しちゃいました……です」 「翼君か。三年生なら今が辛い時だねぇ。受験勉強、大変でしょ?」 「はぁ、そうですね……」 「突然だけど、結構目つき悪いね。目が悪いの?」 「はい?」  初対面の人間に、何の質問だよコイツ。ワケが分かんねぇ。 「一応視力、両方とも1.5あるんで、目は悪くないです」 「ふむ、良いね」  腕組みしながら、俺の頭から足の先まで、マジマジと見つめてくる刑事。  ――何か、あんのか?  訝しそうにしていると、さっきと同じように、ポンポン肩を叩かれてしまった。 「翼君、警察官にならないかい?」 「は?」 「君のように目つきが悪くて、柔道経験者なら間違いなく、刑事になれるから!」  おいおい、何の勧誘だよ。しかも褒めてるのか、けなしてるのか、分かったもんじゃねぇ。 「あの……柔道経験者といっても、実際は小中六年間だけやってて、あんま強くなかったし、他にやりたいことだってあるし」 「何、やりたいのかな?」  間髪入れぬ矢継ぎ早の質問に、顔を一瞬引きつらせた。 (ヤベェ、やりたいことなんて、正直何もない――)  困って視線を彷徨わせながら、それでも何とか答える。 「えっと、普通のサラリーマン。みたいな……」 「普通のサラリーマンって、どんな感じかなぁ。抽象的だよねぇ」  まるで取り調べされてる、容疑者みたいだ。すげぇイヤな感じ――  俺は変な刑事の顔を、少し睨みながら答えてやる。 「別に、刑事さんには関係ないでしょ。ほっといて下さいっ」 「まぁそう、ツンツンしないで。あっ、翼だからこれから、ツンって呼んでいい?」  これからって……まるで友達として、付き合っていくみたいな感じの流れじゃないか。 「イヤですよ、そんな変な呼ばれ方」 「そうだ、是 非とも拒否りなさい少年。こんな変人に引っかかっちゃ君の人生、終わりだからね」  俺に変な質問していた刑事の真後ろに、眼鏡をかけた初老の男性がいた。 「げっ、デカ長。いつの間に……」 「お前が地取りから戻ってこないから、捜してたんだボケ! 何を呑気に、少年をナンパしとるんだっ」  俺はポカンとしたまま、2人のやり取りを聞いていた。    デカ長と呼ばれた人が、変な刑事の頭を容赦なくグーで殴る。 「つっ、痛いなぁ。だって人手不足で困っている警察に、優秀な人材を補充出来たらいいなと、純粋に思ったんですってば」  殴られた頭をさすりながら、俺をじっと見る。  その視線に俺は、優秀でないからなという思いを込めて、しっかり睨んだのだが、当然伝わるワケもなく、ニコニコしながら見つめ返してきた。 「いろいろと、ホント済まない少年。さっきあったことを、詳しく説明してもらわにゃならないから、まず自宅に電話して、遅くなることを伝えてくれないだろうか。あのバカ、無視していいから」 「はぁ、分かりました……」  デカ長さんに、コンビニまで連れて行かれる俺を、嬉しそうな顔をして見ているアイツ。  もう二度と会うことはないと、思っていたのに――

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