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Sweet's Beast Whiteday②
あれからどれくらい、うつらうつら、していただろうか? さっきよりも、体が楽な感じがする。
熱が下がったからかなと思い、額に手を当てると、大きな冷却シートが貼られていて。同時に鼻をくすぐる良い匂いに、途端にお腹がグルグルと鳴った。
そっと起き上がり、台所に視線を飛ばすと、山上先輩みたいな大きい背中が目に留まる。
くっと息を、一瞬飲み込んだ。死んだ人間が、ここにいるわけないんだ。なら、あの大きな背中は――
「つ、翼ぁ!」
気がついたら台所までまっしぐらに足取りがフラフラな状態で駆け出して、その広い背中にぎゅっと抱きついた。
「ちょ、マサ危ねぇだろ。俺、包丁持ってんだぞ。早速、料理されたいのか?」
生で聞く、バリトンボイス。いつもはスマホからなので、かなり感動ものなのである。
じーん……。
「翼になら、料理されてもいい」
「可愛いこと言ってもな、鼻水垂らして病人丸出しのお前は、食材にすらならん」
包丁片手に、箱ティッシュを手渡してくれた。
「ありがと……」
上目遣いしながら鼻をズビズビかむ俺を、呆れた顔して眺める翼。
「ここ3日ほど、メールしても電話しても無視を決め込むから、仕事が立て込んでるんだなぁと思ってたんだ。そしてさっききた関さんからのメールで、マサの体調不良を知ったわけ」
「いつの間に、関さんとメアド交換したの? 確かに今日帰る時に、大丈夫かって声をかけられたけどさ……」
しかも今日風邪をひくなんてタイミングの悪い奴だな。と、憐れみの台詞を言われたのだ。
不思議顔して小首を傾げながら翼に問いかけると、さっきよりも呆れた表情で俺を見る。
「お前が関さんの迷惑を考えずに、バレンタインのチョコを見せびらかしたからだろ。その後警察学校に、わざわざ手紙を寄越してきたんだ。君のメアドを教えてくれないか。水野くんの迷惑行為について、詳細に記載してあげるからって」
「何だよ、それは……」
俺のカッコ悪いとこをご丁寧にお知らせするなんて、お節介なことをするなぁ。
「そして連絡が取れないことに心配して、コッソリ様子を見に来たらしんどそうにフーフー言って寝込んでて、すっげぇ肝が冷えたんだぞ。慌てて買物に走ったんだから」
「ごめんね……。ありがと」
久しぶりに会ったというのに、甘い雰囲気の欠片すらない。その原因は、俺の風邪のせいなんだけどね。
「さっきよりもだいぶ、顔色がマシになったみたいだな。メシ食えそうか?」
「実はお腹が鳴ってます……」
「学校の家庭科でしか調理実習してない俺の腕前だ、味の保証はしないぞ。サイトを見ながら、初めて作った物だしな」
腕まくりをして右手に包丁を持って笑ってる翼は、ドキドキしちゃうくらいに格好いい。
思わずポワーンと見惚れていると、空いてる左手で頭をわしゃわしゃと撫でられた。触れられただけで、無駄に熱が上がりそう。
「あとはこのネギ切って鍋にぶち込んだら終わるから、布団に入って待ってろ。ヨダレを垂らしそうな顔して、みっともないぞマサ」
お腹がすいてるのは事実だけど、別の意味で翼に超飢えているんです。く~っ、風邪の身が口惜しい!
「分かったよ、待ってるね」
そう言って踵をちょっとだけ上げるなり、翼の左頬にチュッとした。
「病人のクセに、煽るようなことすんな。バカッ!」
真っ赤な顔して手にした包丁を振り上げたので、慌ててベットに潜り込む。翼の顔色以上に、俺の方が赤いかもしれない。
にしても、照れた表情は相変わらずだなぁ。初めてほっぺに、チュウした時と同じだった。ただ違うのは、俺が背伸びをしてキスしたということだ。どんだけ、すくすくと背が伸びたんだか。
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