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ラストファイル2:初夢③

『うー、まだか、まだなのか――』  お屋敷の大きな門の前で、今か今かと翼の君を待ちかねる水野親王。その様子はまるで、現代で逢う約束をして、遅れている翼を待っている俺のようだった。  翼ってば、いつも遅刻するんだよね。なので水野親王の気持ちが、痛いほど分かるのだ。  と、そこに仲睦まじく帰ってくる、ふたつのシルエットを発見。途端に水野親王は、不機嫌丸出しを表すべく、への字口をした。  そんな水野親王と目が合った瞬間、翼の君がぶわっと赤面する。横でその様子を見た関さんが、含み笑いをしながら、肘で翼の君を突いた。 『みっ宮様、大変お待たせ致しました。まさかここまでお出迎えいただくとは、恐悦に存じ上げます。お陰様にて宮様には、なかなかよい土産話をお持ちすることが出来ましたっ////』  肩に無駄な力が入り、緊張からなのか途中声をひっくり返しながら、やっと言葉にする。  可笑しくて堪らないといった感じで、関さんは口元を押さえて、クスクス笑っていた。目には涙まで溜めている状態。 『鷹久殿ぅ、笑い過ぎです。酷いですよ』 『いや、済まぬ。あまりにも、初々しい様子が笑いを誘って、な』 『ほんに、ふたりとも仲がよいのぅ……』  盛り上がっているふたりを、じと目で見つめる水野親王。自分、除け者にされてる感満載だよな。 『ち、違うんです宮様! 俺と鷹久殿はけして、そのような関係ではないというか……』 『では、そのような関係とは、どのような関係と表現する翼殿?』 『いい加減にしてくださいっ。もうどうしていいか、混乱してるんですからー』  泣き出しそうな翼の君の肩をぽんぽんしてから、笑いを堪えて水野親王に向き合う関さん。 『失礼致しました。翼殿が仰った通り、よい歌い手を見つけた次第でござります。どのような今様があったか、まずはそれをお聴かせ致しましょう。済まないが俺の部屋にある和琴を、宮様の部屋に用意してくれないか』  そばにいた女官に告げると、慌てた様子でバタバタと屋敷に入って行った。その後を追うように、みんなも中へ入って行く。 「関さんって、囲碁を打つイメージが強いから、琴を弾く姿が想像つかないんだよね」  ぶつくさ言ってる間に、水野親王のお部屋に和琴が運ばれてきた。その前に、ゆっくりと腰を下ろす関さん。背筋をすっと伸ばし、綺麗な姿勢が保たれていた。  両手をふわっと琴の上に置き、緊張を解くためなのか、フーッと大きく息を吐く。そして口元を綻ばせながら奏でられる爪音は、すっごく品があって艶やかな音色だった。  水野親王をはじめ、その場に居る者は息をのみ、演奏に聴き入っている。関さんの奏でるこの爪音は、水野親王に向けてだろうな。きっと――  想いが溢れているのを何となくだけど、音色から感じ取ることが出来た。  やがて短い演奏を終え、視線を翼の君に向ける。 『こんな感じであったな、翼殿』 『えっ!? いや、その。一度聴いただけで弾けるなんて、鷹久殿はすごいですね。今様歌手が詠っているところが、脳裏に浮かびました』 『それは何より。では、こちらに立っていただけるか』  指し示された場所は水野親王の正面で、赤面しながら恐るおそる佇む翼の君の姿は、めちゃくちゃ可愛かった。 『あの、鷹久殿?』 『何度も口ずさんでいた今様だ、詠えるであろう?』 『えっ!? 急にそんなっ』 『大丈夫だ、俺の演奏に合わせろ。目をつぶって今様歌手を思い出せ。上手い下手ではない、想いを込めよ翼殿』  渋る翼の君を無視して姿勢を正し、演奏を始めた関さん。静かに奏でられる前奏を聴きながら、諦めたような表情をし、ゆっくり目を閉じた翼の君。 『恋ひ恋ひて――』 (恋しくて恋しくて)  詠いながら胸に手を当て、苦しそうな顔をした翼の君が、色っぽいのなんの!  その様子を、涎を垂らしそうな顔して見つめる水野親王と俺。 『邂逅(たまさか)に逢て、寝たる夜の夢は、如何見る――』 (久しぶりに逢って寝る夜は、どんな夢を見るのでしょう)  胸に当てていた手を水野親王に向かって伸ばしながら、ゆっくりと目を開けた。 『さしさしきしとたくとこそみれ』 (お互いにぎゅっと、抱き合う夢でありましょうか)  少しだけ震えるような歌声だったけど、翼の君の想いは痛いほど伝わってきた。 (しかも意味が分かる字幕スーパー入りで、とても助かってしまった)  それはきっと関さんが奏でる想いと一緒だったから、相乗効果があったんだろうな。  俺が胸を熱くしているというのに、水野親王は固まったまま動こうとせず、穴が開きそうな勢いで、じっと翼の君を見ていた。その視線に居た堪れなくなったのか床に額をつけて、平伏した翼の君。 『大変申し訳ございません、耳障りな歌をお聞かせして。青墓にいらっしゃった、今様の歌い手のようには、なかなか上手く歌えずその――わっ!?』  平伏した翼の君の襟元を掴み上げ立たせると、強引に引きずりながら、ふたり揃って部屋を出て行った。  その場に残された家来たちは、ぽかーんと呆けていて関さんだけ目を細め、口元に優しい笑みを浮かべている。 『ほんに、良きことかな』  小さな声でボソリと呟き、水野親王たちが出て行った反対側の廊下へと消えて行く。  それは関さんの器の大きさを、再認識した瞬間だった。 「カッコイイ! 本当に格好いいよ関さん。俺はあんなこと、出来ないもん」  感動して、胸にぎゅっとバリケードテープを抱きしめていると、スクリーンにアップで水野親王の顔が映った。  格好いい関さんを見た後なので、その落差は半端ない。 「うげぇ、なにあの顔……自分自身だから、あまりツッコミ入れたくないけど、酷すぎる……」  目を吊り上げて、耳から蒸気でも出てるんじゃないだろうかと思われるくらい、顔が真っ赤になっていた。鼻息を荒くして無理矢理翼の君の襟首を引っ張りながら、ダンダンと音を立てて歩く姿に、貴族たちは何事かとビックリして、行き先々を開けて行く。  そして哀れな翼の君は引っ張られながらも、すれ違う人々に謝罪しながら頭を下げて歩いていた。  圧倒的な存在感を放つ水野親王の行く先に、今まで見たことのない小柄で華奢な体をした可愛らしい貴族が、ぼんやりと歩いている。 (このままだと、ぶつかるかもな――)  そう思った矢先。 『お退きなさい、智巳っ!』  華奢な体を掻っ攫うように抱き寄せた、背が高くてキリッとしたイケメン。突然抱き締められたというのに、智巳と呼ばれた貴族は体に回された腕を、嬉しそうにぎゅっと握りしめる。  その横を、闘牛の勢いで闊歩した水野親王。 『申し訳ない、郁生の君っ!』 『これは翼の君、宮様と何かおありなのか?』  翼の君は引きずられながらも、嬉しそうに答える。 『これから何か、起こるかもしれません。郁生の君も、智巳殿とお幸せにぃ』  意味不明な切り返しに呆気に取られ、声をかけられた二人は、水野親王と翼の君を見送った。 『宮様、楓の宮様と喧嘩でもしたのかな。すっごい怒っていたよ』 『それはきっと違います。翼の君のお顔を見れば、一目瞭然』    殺伐としたシーンだったのに、通りすがりの二人のちぐはぐなやり取りのお陰で、雰囲気が一変した。  てか本当にここに出てくる登場人物たち、それぞれがイケメンばかりで、目の保養である。  ――残念ながら、自分を除いてだけどね…… 『宮様、危ないっ!』  翼の君の大声に驚き、スクリーンを改めて見ると、水野親王の目の前には大きな柱があった。どんだけ、周りが見えていないんだか。  後ろから抱きついた翼の君の機転で、何とかぶつからずに済んだ。 『お怪我は、ございませんか?』 『だ、大丈夫だ……』 『良かった――宮様をお守りできないのなら、俺がここにいる意味はありませんから』  花が咲いたようにふわりと笑う翼の君の笑顔に、水野親王の顔がたちまち赤くなる。ついでに俺も、赤くなってしまった。その笑顔反則だよ、もう! 『お顔が大変赤くなっておりますが、熱があるのでは?』 『熱などないっ、勝手に顔を覗き込むな。まったく////』  熱を測ろうと出した翼の君の右手を掴み、また歩き出した水野親王。  好きなクセに、どうして素直になれないんだろう。無駄に虚勢を張って、距離をとってさ。可愛げのないヤツ。  俺はそんなこと、絶対にしないもんね。  内心プンプンしながらスクリーンを見ると、寝所に着くなりその勢いのまま、褥に翼の君を放り出す。そして体の上に跨り、強引に組み敷いた。    『何だあの歌は? あれは本当に、お前の気持ちなのか?』 『はい……初めてお逢いした時からずっと、お慕い申しておりました』  震えるような声で告げたその言葉に、胸がじわりと熱を持った。きっと水野親王も同じだろう。  安堵しながら柔らかく微笑んでいる翼の君に、自分の想いをぶつけるような激しいキスをする。  自分のキスシーンをまじまじと見るのも正直あれなので、横目でちらちら拝見していたら、翼の君が両腕で水野親王の体を押し退けた。 『どうした、私が欲しくないのか?』  またしても不機嫌全開の印、への字口をして、苛立ちをアピールしながら言い放つ。 『宮様の想い人は、山上の宮様だと思っておりました。だのにあの和歌は、俺に対する気持ちを詠まれたものと最近、やっと分かりまして……』 『そうだ。いつもつれない態度をするお前に向けての、私の素直な気持ちなのだぞ!』 『申し訳ございません。あの……身分の低い俺は、宮様に相応しくないと考えておりましたゆえ、その……』 『はっ! 何をくだらないことを考えておるのだ、お前は』  おどおどしている翼の君から体を起こし、水野親王はいきなり目の前で衣を、はらりはらりと脱いでいく。  その行動にギョッとして、体が見えないよう顔に手を当てる翼の君と俺。  あれ? なんで自分の裸に、照れちゃってるんだよ。変なトコで、翼の君とリンクするなぁ。 『裸となってしまえば、私はただの男に成り下がる。身分など、関係なきことになるのだぞ』 『宮様……』 『お前も、そのようなもの早く脱ぎ捨てよ。しがらみなんぞ、必要なきものだからな』  強い口調で言われ、照れながら背中を向けて、次々と衣を脱いでいく翼の君。  裸になった広い背中に、水野親王は頬を寄せて後ろから抱き締めると、翼の君の温かい手が、そっと重ねられた。 『宮様にお逢いして俺は、恋する切なさを知りました。胸に穴が開くということも、嫉妬することも知りました』 『……翼の君』 『想いが通じ合う喜びも、お守りしなければならないという、強い気持ちも知ることが出来ました。宮様、俺を選んでくれて、本当に有難うございます。ずっとお慕いしていきます』  重ねた手を引き寄せながら水野親王をその場に押し倒し、ぎゅっと抱き締めながら唇を重ねる。  さっきとは違う、遠慮のないキスをする翼の君。きっと今までの想いを込めて、しているんだろうと思われた。 『翼の君、私もお前だけを想っていく。だからもう、切ない和歌を詠ませるでないぞ』 『はい、お約束いたします。俺も宮様だけをずっと……』  その言葉を遮るように、水野親王が唇を塞ぐ。逃がさないといわんばかりに翼の君が水野親王の頭を押さえ込むと、結われていた髪が解かれ、白い肌にはらはらと散っていった。 『嬉しいぞ、翼の君。お前が歌ってくれた、今様と同じではないか』 『宮様、俺も嬉しいです。貴方様をこのように抱ける日がこようとは、思っておりませんでした』 『いつも傍にいた、お前の不在――帰りを待ったその時間が、どれ程長く感じたか、分かるであろうか?』 『俺も同じでございます。いつも、宮様のことを考えておりました』 『ああ、もうじれったい。もっと強く抱きしめよ、私を求めよ、翼の君……』 『貴方様に溺れる俺を、お許しください』  そう言って翼の君は、水野親王の首筋を滑るように唇でなぞっていく。 『……あっ、そこは――や……』 「だあぁーっ、もう、やあぁーっ!」  水野親王の声にかぶさるように、自分の声を出してしまった。  どうして自分のエロシーンを見て、興奮しなきゃならないんだ。理不尽すぎるだろっ!  スクリーン上では、お布団の中をもふもふさせ、卑猥なことをしている二人の姿。  何も考えず、画面を見てるだけだとまったくエロさが伝わらないのに――喘ぎ声をあげる水野親王とか、お布団の中で動く翼の君の位置や微妙な動きで、ナニをやってるか手に取るように分かってしまい、んもぅ鼻血ものなのである。 『ずっと……ずっとこうなりたかった。お前の腕の中にいる自分を、何度想像したことか。幸せぞ翼の君……』 『……好きです、好きです大好きです。愛しております水野の宮様っ』  胸に響く愛の告白をした翼の君が、水野親王をぎゅっと強く抱きしめ、強弱をつけながら上下に動いた。  (もう、どうしてくれよう。これじゃあ蛇の生殺し同然だよ)    手に持っているバリケードテープの玉を、スクリーンに向かって投げたくなったけど、奥歯をぎゅっと噛み締め、じっと我慢をしていると。 『宮様……宮様っ!』 『翼あぁっ!』  絶頂を迎えた二人から場面が急に入れ替わり、どこかへ飛ばされたように、画面が真っ白になってから、くるくると緑色のものが全面に映った。  それはよく見ると鬱蒼と茂った竹林の中で、耳を澄ませると水野親王の名を呼ぶ声が、奥の方から聞こえてくる。  聞き覚えのあるハスキーボイスは山上先輩のもので、必死に水野親王を捜している様子だった。  もしかしてこれは、水野親王が見てる山上の宮の夢!?  自分が見る夢は、決まって海の中――底の見えない深海から響くような声で、俺を呼ぶんだ。  水野親王が山上の宮の問いかけに口を開きかけたとき、反対の方角から琴の音が聞こえてくる。透明感があり特徴のある爪音は紛れもなく、翼の君が奏でるものだった。  水野親王は、画面中央で顎に手を当て一瞬考えてから、生命力が溢れ出る楽箏を奏でる翼の君の元へ迷うことなく歩を進め、その肩に手を置く。  そして竹林の方を二人揃って見つめると、山上の宮が優しく見つめ返し、涼しげな一重瞼を切なげに細め、しっかりと頷いている姿が確認できた。  その姿を見ただけで、なぜだか自分の心が、ほっこりとしたのだ。  ――翼と一緒に、歩んで行っていい――  なぜだか、そう認められた気分になったから。 『宮様、宮様っ! 大丈夫でございますか?』  翼の君の声で水野親王と俺は、はっと我に返った。無意識に伸ばした右手を、翼の君が強く握り締めている。その手をぎゅっと握り返し、そっと頬へ引き寄せた水野親王。 『今宵はずっと傍にいろ、離れるでないぞ翼の君』  翼の君の心配を他所に、いきなり我儘を言う。そんな姿を可愛いと思ってしまったのは、自分贔屓なのかもね。 『ご命令がなくても、お傍におります。その代わり、覚悟してくださいね宮様。俺はもう、我慢は致しませんから』    翼の君がそっと、耳元で囁いた。  その甘い響きが、俺の心にじんと沁みてしまって。水野親王はというと、涙がじわりと頬を伝っていた。 『ああ、覚悟する。このはじまりの夜を、けして忘れないくらい私を抱け翼の君』  その言葉に思わず、もらい泣きをしてしまって、ぎゅうぎゅうとバリケードテープの玉を、容赦なく抱きしめてしまった。 「おい、こらっ、いい加減にしろマサ! 俺を窒息死させたいのか!?」  何故だか胸の中央で、翼の君の声がする。ふっと目を開け、声のする方をよく見てみると―― 「何をやってんだよ。夜勤明けで疲れてるっていうのに、この仕打ちは、普段の恨みなのか?」  翼の頭を胸と腕を使って、ぎゅっと抱きしめていたらしい。ありゃりゃ、正月早々やっちゃった。 「ごめんね、翼の君」 「はあぁ? 寝ぼけてるのかお前。ワケ分からないこと、言ってんじゃねぇって」  翼の君の雰囲気を、見事ぶち壊すような悪態をつきつつ、しっかりと腕枕をしてくれた。  さりげなくこういうことをするから、文句が言えなくなるんだよね。しっかりしてるよ、まったく。 「だって、すっごい素敵な夢を見たんだ。壮大でスペクタクルな恋愛絵巻でさ。タイトルは愛の唄、水野親王と翼の君の巻ってなってた」  途端に眉間にシワを寄せ、空いてる手を自分の額に押し当てる翼。 「さすがはマサ。妄想がそんな形で夢の中に現れるとは、恐れ入ったぜ。俺が翼の君という役で、お前が水野親王?」 「そうだよ、水野宮政隆親王殿下……」 「ぶぶっ、くっくっくっ! 確かに壮大な夢だよな」  肩を震わせながら、口元を押さえて笑う翼。  分かってる、全然似合ってないよね―― 「でもね、夢に出てきた水野親王ってば本当に性格が、超最悪なヤツだったんだよ。ワガママ全開だったし、ちょっとしたことですぐに不機嫌になって、への字口してさぁ」 「今、同じ顔してるけどな」 「え――?」 「夢で自分の姿を見て、日頃の行いを悔い改める。これはこれで、いいことなのかもしれないな。なるほど」  妙に納得した顔をしながら、俺の頭を撫でる。 「それはそうと壮大でスペクタクルな初夢は、どんなものだったんだ?話を聞いてやるから、機嫌直せよ、な?」  優しく問いかけた翼に、ぽつりぽつりと語っていった。だけど――  関さんが俺のことを好きというのは、伏せさせてもらった。それはお前の願望だと、突っ込まれたらお終いだしね。そこはもう、友情という点を強調して語っていった。 「で、ものすごくイイところの最中に、翼の声で目が覚めてしまったんだよ」 「登場人物が、現代で関わってる人間という形で登場しているあたり、やけに生々しいな。山上と俺のやり取りも、何だか妙にしっくりきているし」 「そうなの?」               「そうだろ、考えてみ。親王と家司(けいじ)の身分。ここではお前と山上は、警視庁捜査一課の刑事で、俺は公園前派出所のお巡りさん。ちょっと前までは高校生だったんだぜ。身分を含めて、山上に勝てるワケがないんだってば。歯ぎしりする気持ちが、すっげぇ分かるよ」  切ない目をして俺を見つめる翼に、胸がきゅんとしてしまった。 「嬉しかったろ、山上に逢えて……」  ぽつりと告げられた言葉に、首を横に振る。 「それがね、残念ながらそこまで嬉しくなかったんだ。山上先輩に対する愛情が、消えたワケじゃないんだよ。何て言っていいのかな。愛しさが形を変えて、昇華したっていうか」 「……無理すんな」 「全然無理してないって。イジワルばかり言う山上の宮が憎たらしくなっちゃってさ、健気な翼の君に、感情移入しまくっていたんだよ」 「政隆……?」 「俺が求めたものは、夢の最後に出てきたものだったし。例えここに山上先輩が現れたとしても、俺は間違いなく翼を選ぶ。翼のこの手をとるから」  そう言って翼の手を握りしめたのに、呆気なく外されてしまった。 「ちょっ、酷くない、それ」 「握りしめんな、バーカ。お前を抱きしめられないだろーが」  言いながら俺の体を抱き寄せ、息が止まりそうなくらい、ぎゅっとしてくれる。 「出勤までの時間、大丈夫か?」  耳元で吐息をかけつつ甘い声で囁くもんだから、赤面しちゃったじゃないか。 「うん、と。まだ朝の四時半だから、大丈夫だけど」 「次に逢えるのが、山上の月命日のときだからな。欲求不満が夢に出ているマサの希望を、少しでも叶えてあげようかなぁと思ってさ」 「そっ、それは嬉しいんだけど。仕事前だから、ほどほどにしてね」  ワクワクしつつ、焦る俺に向かって魅惑的に微笑みながら、 「逢えない時間、思い出せるよう貴方様の肌に、俺の痕を刻み込んでもいいでしょうか宮様」 「え!? ちょっ、あの……?」 「そんなだらしないお顔を、なさらないで下さい。歯止めが利かなくなります」  苦笑いしながら、しっとりとしたキスをする翼。その途端、夢の中の情事がまざまざと思い出され、再び体の芯に熱が集まった。  現代でやる宮様と家司ごっこ、ちょっと萌えるかもしれない――正月早々、面白い遊びを思いついたのでありました。

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