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ラストファイル4:夢のあとさき2
「あー、そうだったんですか。水野からすごく似ていると、お聞きしていたものですから、期待してたんですが――だから背が低かったり、口が悪かったりするんですね」
「口の悪さに関しては、矢野巡査に負けると思うが。どう思う? 水野警部補」
うひーうひー! 俺に話を振らないでっ。お家に帰りたい感、満載だよ……
「――すみません、躾がなっていなくて」
「水野、こんな失礼なヤツに、簡単に謝るな」
「翼、いい加減に――」
「アンタが水野をここに呼んでも、コイツは絶対になびかない。それは山上とアンタが、全然違うからだ」
――翼……どうして警察庁への出向の話を知ってるんだ?
「なぜそこで、達哉の話を持ち出すんだい? 自分がいるからなびかないと、どうして言わない?」
「いい意味でも悪い意味でも、水野は山上達哉にマインドコントロールされていますから。俺は山上に似てるって、知人に指摘されたんです。しかも二人に。だから俺は、水野に選ばれたんだと思っているんですよ」
微笑を維持しながら、すらすらと言葉を並べる翼に、止めることが出来なかった。
――山上先輩に、俺がマインドコントロールされてる?
「達哉は君のように、口は悪くない。見た目もまったく、違うじゃないか。どこが似ているというんだい?」
「――質が似てるって、言われました。山上を知ってる知人たちが、口を揃えて言うんだから、間違いないんでしょうね。似てるんだろ水野?」
今度は翼に話を振られ、何と答えていいのやら、言葉が出てこないよ。
どくどくと心臓が早鐘のように鳴り響き、新鮮な血液が頭の中へ、勢いよく流れていくんだけど。変に脳みそがフル回転しちゃって、口を開くと大変なことを言いそうで、ものすごく怖かった。
えっと、翼を好きになったのはコンビニの傍で、強盗を投げ飛ばしたのを見て、一目惚れしたんだったよな。
どことなく――山上先輩の雰囲気や、ちょっとした角度で、目つきがソックリに見えたような?
「達哉に似てるのか? 水野警部補」
考えあぐねるところに、焦れた山上警視正が訊ねきたので思わず、
「にっ、似てるところは、たくさんあります、はい!」
威勢よく、元気に答えてしまった。
おいおいおい、これってすっごいマズいことを、言ってしまったんじゃないか?
恐るおそる顔を横に向けると、優しく微笑んだ翼が、俺をじっと見ていた。目が合った途端、コクリと頷く姿に、俺はどんな顔をしていいのか分からず俯く。
以前翼に言われた、「山上の影を追ってる」の言葉が思い出され……
俺としては全然、そんなつもりはないのに、翼に意識させることを普段からやっているから、それを言わせたんだろうなって、この時は反省し、改善したつもりだった。
翼は翼なんだ、彼自身そのもので、山上先輩とは違う――
俯いた顔を上げると、翼は前を向いて、山上警視正をじっと見ていた。
「人の心は、ちょっとやそっとじゃ動かないものです。横取りが得意な山上警視正が、どんな手を使っても、水野を手に入れることは出来ません」
「それは君が、何も持っていないから、そう言えるだけなんだよ。水野警部補は、私の言ってる意味が分かってるよな?」
「そ、それって、あの……」
取調室で山上警視正が言った、脅し文句が不意に流れる。
――大事な彼のことを考えるのなら、どうすればいいか分かるよな――
「断るワケがない。私のいうことを忠実に聞くしか、術がないんだ。こちらに来なさい、水野警部補」
「は、はい……」
渋々立ち上がり、向かい側に座ってる山上警視正の傍らに立ったら、突然右手を掴まれ、体がぶるりと震えてしまった。
思わず翼の方を見ると、微笑んだまま微動だにしない。
「相変わらず白くて、綺麗な手をしている。現場で荒れさせるには、勿体ない」
そう言って、手の甲にキスをしようと顔を近づけたので、引っ込めるべく力を入れたら――
「いいのかい、私にそんなことをして」
ポツリと告げられた言葉に、血の気が引いていく感じがした。
――断れない、断ったら翼が……
手の力を抜き、目をぎゅっとつぶると、手の甲に冷たくて嫌な感触がした。
ガマン……ガマンだ。今が耐え時なんだ!
そう自分に言い聞かせ、振り解きたい気持ちを、必死に抑える。
「へぇ、顔色ひとつ変えないなんて、随分と余裕あるんだね。いつまでそうやって、笑っていられるのかな?」
翼の方を見ながら、今度は俺の手を引き寄せ、自分の隣に座らせた。
さっきチュウされた所を、こっそりと拭いつつ、座ってる距離をとろうとしたら、肩を抱き寄せられる。密着する体に、ぞわぁと悪寒が走った。
「あの、近いです……。ちょっとだけ、離れてもいいですか?」
顔を引きつらせながら、耐え切れず腰を上げかけたら、強引にネクタイを掴まれ、その勢いで前のめりとなり、山上警視正の膝の上でうつ伏せになってしまった。
「うげっ! す、すみませんっ」
『何やってんだよ、バカ水野』と、声が聞こえそうな状態。
慌てて体を起こそうとしたら、両腕で押さえつけられる。強く押さえながら、なぜか俺の頭を撫でまくった。
「本当に可愛いな、水野警部補は。まるで猫みたいだ」
翼の膝の上なら喜んで猫を演じてやるけど、好きでもないヤツの上に、このままの状態で、いられるワケがないだろう!
「いやいや、こんなバカでかくて可愛くない猫は、絶対にいませんから。いい加減にしてください」
――不可抗力とはいえ、もう辛抱出来ない!
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