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ラストファイル4:夢のあとさき

「さっきの打ち合わせどおり、口出し厳禁! 俺が何されても、見て見ぬフリしてね。涼しい顔をして、やり過ごしてよ」  かなぁり難しい問題を、翼に強要した。 「俺はだたの証人を、貫き通せばいいんだろ。分かったよ。涼しい顔って、こんな感じか?」  翼と並んで歩きながら、警察庁の中を山上警視正がいる部屋に向かって、ゆっくり歩いていた。  涼しい顔をしたという翼の顔を仰ぎ見ると、ムスッとしているから、どう見ても怒っているようにしか見えない。  ――ううっ。やっぱり、連れてこない方が良かったのかも…… 「何だよマサ、その不満満載の顔は」 「ええっと涼しい顔よりも、微笑を浮かべてる感じがいいかもなぁって。ほらお地蔵様とか、菩薩様が浮かべてるような、やわらかぁい感じのやつ……」  さっきの怒ってる顔をしていたら、間違いなく山上警視正は俺を使って、翼を般若のような顔にしてしまうだろう。  どこまで耐えられる事が出来るか――翼にはそこんとこ、頑張ってもらわなきゃならない。 「何があっても、笑ってりゃいいんだな。マサの面白い顔でも、思い出してみるよ」 「あと山上警視正、山上先輩に似てるけど、全然違うから」 「お前の日本語が、さっぱり分からねぇって。似てるけど全然違うって、何がだよ?」  分かるように説明しろ! って言いながら俺の鼻をぎゅっと掴んで、イジワルをする。 「いらいよ、つばは!」 「緊張しまくって可笑しくなってるマサを、オモチャにしてみた」  そのセリフに胸がどくんとして、足が止まってしまった。 「何、図星指されて、ショック受けたのか? 大丈夫だ、俺がついてるから」  いいコいいコするみたいに、俺の頭を優しく撫でてくれる。  ――違うんだよ、そうじゃないんだ。さっきのセリフは……  山上先輩が亡くなる直前に、俺にかけたセリフと、まったく同じ言葉だったんだよ。  縋るように翼を見ると、その不安を拭ってくれるような、それはそれはキレイな笑顔を浮かべる。 「頼りねぇけど俺が傍にいるから、安心しろ政隆」 「――参ったね。本当に大事なところで君に支えられてること、こうして実感しちゃう。だから頑張れるんだよな、ありがとう翼」  翼に負けないように、俺も笑顔を作った。 「そうそう、その笑顔ですよ宮様。リラックスしていきましょうね」  そう言って、後ろから背中を押して、前に進ませてくれる。肩に入ってた無駄な力が、すとんと抜けていった。 「翼っ! 通り過ぎちゃった、そこの扉だよっ」  リラックスしすぎて、ついドジをしてしまう。ヤバいなぁ、気を引き締めていかないと!  慌ててふたりして引き返し、呼吸を整えて、ノックをした。 「仕事が休みだというのに、わざわざ来てくれるなんて嬉しいよ。さあ、どうぞ」  まるで待ち構えていたかのように、すぐに扉を開け、俺だけを出迎えるように、背中に腕を回した山上警視正。  俺よりも背が低いので、肩に手を回せないのは分かるけど――後方にいる翼がどうしても気になって、ちょっぴり振り返って見ると、菩薩様のような微笑を浮かべながら、右手の中指をコッソリ立てていた。  げーっと顔を引きつらせつつ、左手首を使い、後ろにいる翼に向かって、ぶんぶん左右に振ると、アッカンベーをする始末……  おいおい、これからもっと、あからさまな態度をされるというのに、大丈夫かな。  不安を抱えながら、翼と一緒に並んで座ると、目の前に置かれたのは、コーヒーとオレンジジュース。  ――翼のこと、完全にお子様扱いしてる。  うへぇと思っていると、翼は微笑を絶やさず、美味しそうに出されたオレンジジュースを口にした。  毒が盛られていなければ、いいが…… 「ふたり揃って、こちらに来る必要あったのかい? 私に用事があったのは、水野警部補だけだろう」 「山上警視正に俺の大事な矢野巡査を、見てもらおうと思ったんです。苛めないでくださいね、未来のホープなんですから」  一応俺の大事なっていうところを、強調して言ってみた。無駄な足掻きだと、どうぞ笑ってください。  そんな俺の足掻きを見事スルーして、山上警視正は顔色一つ変えず、翼の方を見た。 「山上警視正、はじめまして。公園前派出所に勤務してます、矢野 翼です」  キリッとして立ち上がり、しっかり頭を下げた翼。その姿を両腕を組んで、頭の先から足先まで、じーっと見ていく山上警視正の視線が、気持ち悪いこと、この上ない!  ジロジロ見られているのを華麗に無視し、何事もなかったように、すとんと着席してから、ふたたびオレンジジュースを口にした。 「達哉の次がこんな若造なんて、いい趣味してるな、水野警部補は」 「あははは、お褒めに預かり光栄です」  返答に困り、後頭部をバリバリ掻きながら、苦笑いをするしかない。    ――困ったなぁ。    この重苦しい空気を何とか打破して、爽やかに伝家の宝刀を差し出したいんだけど。 「似てないんですね、全然――」  唐突に切り出された、翼の言葉にぎょっとした。俺との最初のお約束を忘れたのか!? 「私と達哉のことか? そりゃあ母親が違うからな、似ていないだろう」  いやいや、パーツそのものは、ほとんど同じですよ。お父さんのDNAをふたりして、キレイに受け継いだんでしょ。  内心焦りながら、翼の左肘をつんつん突いてみたけど、まっすぐ前を見たまま、また無視されてしまった。

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