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ラストファイル4:夢のあとさき4
「どこかに飛ばされるのは、アンタかもしれないですよ。地獄行きという、あの世にね……」
「矢野巡査、どういう意味だい? さっきの行為に対して、訴えてやるとでも考えているのか?」
出鼻をくじかれた俺は、悶々としながら翼を見、山上警視正もかなり苛立った様子で、翼を睨んでいた。
「――黒い手帳と言えば、大体お分かりになるでしょうね」
「おっお前たち、今日来たのは、私を脅すためだったのか!?」
立ち上がって俺たちを、交互に見やる。その様子は尋常じゃなかった。顔色はどんどん青ざめ、額から汗がじわりと滲んできている。
伝家の宝刀――黒い手帳のことを、翼には伝えていなかったはずなのに。どうして知っているんだ?
「脅すなんて大それた真似、俺には出来ませんよ。なぁ水野」
言いながら、翼がウインクした。何かの合図?
「今ここに証拠を持って来てるなんて、そんなミラクルなことがあったりしてな」
その言葉でやっと意味が分かった俺は、ポケットに仕舞ってたスマホを取り出し、山上警視正に向かって、ディスプレイを見せつけた。
まるで、水戸黄門の印籠状態である。
「この議員の名前に、大きな金額――見覚えないとは言わせませんよ」
「そ、そんなの全然知らない。議員との繋がりなんて、警視正である私と関係ないじゃないか」
「おかしいですね。つい最近どこかの議員の娘さんと、結納だか婚約だかをしていませんでしたっけ?」
軽く体当たりしながら言うと簡単に体が飛んでいき、足をガクガクさせながら床に跪いた。
「そそ、それは父が勝手に進めた話で、私は了承していない……」
「断れないですよね。もし何かやらかしたら、次に殺されるのは、自分かもしれない――そう思ってるでしょう?」
俺がズバリと告げてみせたら、翼が立ち上がり、横に並んでじっと山上警視正を見下ろした。
「山上達哉が殺されたのは、父親からの命令がヤクザに下りたからだ。黒い手帳には直接書かれていなかったけど、繋がりを示す何らかの証拠があったんだからな」
「翼、どうして黒い手帳のこと知ってるの? 一応、トップシークレット扱いなんだよ」
「関さんが、全部教えてくれた。ドジな水野と一緒にここに行くなら、知っておいた方がいいって、気を利かせてくれたんだ」
やっぱ俺ってば、どこかでミスると思われてるから、補佐役に翼をつけたんだな。機転が利きまくりだよ、関さん……
「――何が望みなんだ。出来る限り譲歩するから、黒い手帳をこちらに渡してくれないか?」
「望みは勿論、俺たちと俺たちの周りの人間の、絶対的な安全です。どこかに出向させるとか、誰かを使って暗殺を企てるなんてしたら、どうなるか――分かりますよね?」
「分かった、誓う! 誰にも手を出さない」
その言葉を聞き、おもむろに胸ポケットから黒い手帳を出すと、山上警視正は喉を鳴らした。
「絶対に、約束して下さいね」
言いながら目の前に差し出すと、引っ手繰る勢いで奪われた黒い手帳。
「最後に、ひとつだけいいですか? 山上警視正」
翼の言葉に、中身を調べようとした手がピタッと止まる。
「なんだい?」
「俺、水野の言いなりになって、いろいろやらされるんですよ。ある時は研修医だったり、ある時は介護士。またある時は家司そして今回は、ボディーガード兼探偵」
「それが、どうしたというんだ」
「さっきのやり取り、しっかり盗撮させて戴いたって話ですよ。俺は水野みたいに、優しくないですから」
背広の胸ポケットに差していたボールペンを、目の前に掲げる。
「これでしっかり、撮らせてもらいました。俺の水野に手を出したら、証拠をかき集めて、お前をぶっ潰してやるからな!」
バリトンボイスで吐き捨てるように言い放ち、俺の手を強引に引っ張って、逃げるように部屋を出た。
「――俺の水野……」
超絶いい響きである。頭の中で、エンドレスにこだましていた。
「ぼやぼやするなよ。あの黒い手帳、偽物なんだろ?」
「まぁね。オリジナルは、関さんがしっかり管理してくれているから」
翼の左手を掴んで、警察庁を脱出すべく猛ダッシュ!
「くっ……ムダに足が速いっ、足が絡まりそう……」
ひーひー文句を言う翼を何とか引っ張って、無事に警察庁を後にした。
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