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ラストファイル4:夢のあとさき5

 少し歩くと直ぐ傍に、職場である警視庁がそびえ立つ。走っていた足を徐々にゆっくりにして、翼と並んで歩き出した。  繋いでいる手が、ぎゅっと握り返される。 「終わりがはじまりだな。これから……」 「うん、気を引き締めていかないとね」  立ち止まって、後ろにある警察庁を一緒に見上げた。問題は山上警視正よりも、その背後にいる、山上先輩のお父さんなんだから。 「とりあえず、マサの家に行こうぜ。消毒しないとな」 「ん? 消毒って何?」  小首を傾げながら背の高い翼を見つめると、あからさまに顔を引きつらせた。 「お前あれだけ、いろいろあちこち触られて、気持ち悪くなかったのか?」  翼の言葉に、さっきまで山上警視正にやられた出来事が、まざまざと思い出され…… 「ヒッ! 言われてみたら、今すぐ消毒したくなってきた!」 「ついでに、背中に皮下出血が出来てるかどうか、ちゃんとチェックするからな」  しっかり者の彼氏の言葉に、素直に頷くしかできない俺。どんだけ出来が悪いんだか―― 「あのさ翼、聞きたいことがあるんだけど」 「何だよ、改まった顔して。今すぐ消毒しに、急いで帰りたいってか?」  掴んでいる手を握り返すべく、ぎゅっと力を入れた。 「そうじゃなくて。さっき山上警視正の前で言ってたろ。俺が山上先輩に、マインドコントロールされてるって。あれって、どういうことなのかなって」  無意識にそう思わせる何かを、普段からしているのかもしれない。だからマインドコントロールなんて言葉を使って、表現したんじゃないだろうか?  俺が握っている翼の左手薬指には、お揃いの指輪がはめられていた。警察学校に行く前に、山上先輩の墓前で贈ってくれた、エンゲージリング。  見えるだけの形で繋がっているだけじゃなく、心の底から君を愛しているのだが。それが、伝わっていないんじゃないだろうか。  不安げに見つめる俺を、すべてを包み込むような優しい眼差しで、じぃっと見つめてくれる翼。 「あれは、関さんのアイディアなんだ。この間、山上警視正が警視庁に来た時、やたらと弟の名前を連呼していたから、相当意識してるんだろうなって思ったらしい。他にも、マサの気を引くために、必死になって連呼していたのもあるらしいけどな」 「確かに――何かにつけて、達哉達哉って言ってた」 「だからこそ、そこを狙って精神的に揺さぶってみたらどうかと、アドバイスしてくれたんだ。調べによると山上家では、父親のお気に入りは、弟の方だったらしいぞ」  ――何か、意外。結構仕事で無茶振りばかりして、相当困らせてる印象があったのにな…… 「だけどそのお気に入りの息子に、手を下したんだよね?」  やっぱり手のかかりすぎる息子が、面倒になったとか? 「父親としては、ショックだったんだろ。今まで手をかけてやってたのに、後足で砂をぶっかけることをしようとしたんだからさ」  所轄の横領事件の背後に、自分の父親が関与していた。懲悪を信念にしてた山上先輩が血の繋がった父親を、見逃すなんてことをするワケなく―― 「結果……飼い犬に手を噛まれる前に、処分しちゃったってことになるんだよね」 「可愛がってた分、痛み倍増だったろうな。俺には理解できん。身内に容赦なく手を下すんだ。他人である俺たちになら、躊躇ないだろ」 「うん、そうだね。きっと――」  もう一度背後にある、警察庁を見る。  山上先輩が一人で追ってた事件を、今はたくさんの人が分担して、解決に導こうと頑張っているんだよ。俺だけじゃなく、みんな貴方の想いを引き継いで危険をかえりみず、捜査しているから――  切ない顔をしながら、背後を眺めるマサの横顔を、翼は黙って見つめた。  こういう顔をしてるときは大抵、山上のこと考えてる。だから尚更、口が出せなくて、困惑しまくるんだけど。最近はその顔も、案外いいなと思い始めていた。  山上がいなければきっと、俺たちは恋に落ちなかったと思うから。今は俺だけを好きでいてくれる、マサが傍にいてくれるから許せていたのだった。 「いろいろ考えるトコあるだろうけど、そろそろマサの家に行きたい。さっき、消毒を急いでしたいって言ってたろ?」 「そうだった! 早く帰ろう」  マサが俺の左手に力を入れ、早くしろと言わんばかりに強引に引っ張った。 「まったく――急いで帰る前についでに昼飯、そこのコンビニで買ってから帰ろうぜ。どうせ外に出る気がなくなるだろうから」  久しぶりの逢瀬、ふたりきりの時間を堪能したい。  俺が意味深に笑うと、あ、という顔をして頬を赤らめる。 「……そうだね。伊東くん、いるかな?」  照れた顔を隠すように、俯きながら歩くマサ。  しかも感情を悟られないように、必死に話を逸らせようとしている無駄すぎる努力に、思わず含み笑いをしてしまう。  こういう行動が俺を煽ってるって、分かんねぇだろうな。 「伊東さんがいつもいるとは限らないぜ。大学の方だって忙しそうだし」  伊東さんは関さんの恋人であり、俺とちょっとしか年が変わらないのに、すっごくしっかりした青年だった。  ふたりで世間話をしながら中に入ると、お昼にはまだ早い時間帯だったので、コンビニ内はお客さんが居ず、一生懸命に仕事をしている見慣れた背中を発見した。 「いらっしゃいませー。わぁ水野さんと翼くんだ」 「伊東くんこんにちは、精が出るねー」 「さっきお弁当、入荷したばかりなんです。いかがですか?」  ちゃっかりいい仕事をする伊東さんに、マサと目を合わせて笑ってしまった。 「その弁当を買いに来ました。どれにしようかな」 「この間は変なこと言っちゃって、ゴメンね翼くん」 「この間って何?」  俺が答える前に、じと目をしながら、突っ込んでくる。 「あ――、いや……」  それはマサが、水野親王になった夢を見た日――  当直明けでヘロヘロになりながら、朝飯を買うべくコンビニに寄ったら、伊東さんが接客をしてくれた。朝早くだったのでお客が誰もいなくて、ちょっとだけ立ち話をする俺たち。 「見れば見るほどやっぱり、水野さんの相手は翼くんで良かったって思うよ」  意外な言葉を唐突に言われ、困惑顔をしたら、急にごめんねと謝ってくれる。

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