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綺麗で喰いたい俺の兄貴

誓って言う。 俺はホモでもなければゲイでもない。 昔から好きになるのは女の子だ。 なのに、なんで……? 「むぐ……んんっ……」 唇をふさぐように強引にキスされる。 ソファーの背に両手を押さえつけているのは一歳年下の弟、杏璃(あんり)だ。 「ずっと、この唇にキスしたいって思ってた。俺の手の届かない所に行く前に、兄貴を俺のものにする」 俺のもの? 何の言ってんだ?コイツ……。 「やっ、やめろ!」 再びキスされそうになって、俺は杏璃の手を振り解こうとした。 「あまり、手荒なことはしたくないけど……」 杏璃に背を向けるように、ソファーに体を強く押しつけられた。 この馬鹿力、痛いだろっ。 杏璃は自分のベルトを引き抜いて俺の手首を一纏めに縛る。ご丁寧に後ろ手に。 「こっ……こんなの、おかしいだろ!」 「異常とでも変態とでも、何とでも言えよ」 杏璃に向き直り、不自由な体勢のまま見上げる。 杏璃が俺にのし掛かってきた。 「覚悟がなくて兄貴が抱けるかっ」 「は?何、逆ギレしてんだよっ」 太股に杏璃の固いモノが当たる。 ジーンズ越しに勃っているのを知って本気なのだと思い知る。 連日続く猛暑日。暑すぎる7月下旬。 エアコンも効かないくらいなのに、俺は体の芯が冷たくなるのを感じた。 杏璃に初めて雄の顔を見る気がして怖くなる。 男の自分が同じ男に性欲の対象として見られる。そのおぞましさが半端ない。 兄貴のプライドを打ち砕いて、お前は俺から全部かっさらうのかよ? 「抵抗しても無駄だって、思い知らせてあげるね……」 こいつの怒りの導火線に火をつけたのは何だったっけ? 俺は必死に頭をめぐらす。 夏休みに入ると同時に帰省した俺を、さっきはまるで犬が尻尾振るみたいに、はち切れんばかりの満面の笑みで出迎えてくれたじゃないか。 それから大学のことを話して、親に頼まれてたから杏璃の進路について話して。 杏璃が自分で作ったPCゲームを二人でやって盛り上がった。 『杏璃が気難しいから話し相手になってあげて』 そんな母さんの心配も杞憂じゃないかって思うくらい、いつもと変わらなかった。 汗まみれで帰って来たからシャワーにかかって。 『スイカ食うか?』 冷蔵庫に手をかけた途端、 『ねぇ、兄貴、俺を誘ってんの?』 そう言って杏璃が仕掛けてきたんだ。 * タンクトップの下から杏璃の手が忍び込んできて、俺の肌を撫で回す。 「俺、なんかお前の地雷踏んだ?」 俺は泣きそうになりながら杏璃に訊ねる。 だって、異常だろ? 兄弟でこんなこと。 「何年待ったと思う?兄貴への好きが止まらない。好きすぎて苦しい」 杏璃は本当に辛そうに顔を歪める。 「苦しくて行き場がないんだ。この感情の。……だから、受け止めてよ。兄貴の中に吐き出させて……」 吐き出させて? 何を? 俺ははっと気づく。 杞憂なんて嘘だ。 杏璃は確かにおかしかった。 俺が今の大学を受験すると決めた時から、急に不機嫌で気難しくなったんだ。 両親が聞いても当たり散らして話もしなくて。 俺は受験勉強に必死で、杏璃を気にする余裕がなかった。 この春、俺が合格してからも、口では「おめでとう」って言いながら、不機嫌なのは変わらなかった。 俺は受かったことに浮かれてて、正直言って杏璃のことは後回しだった。 杏璃は俺のタンクトップを捲り上げると、首がらすっぽ抜く。 胸に顔を近づけると、いきなり乳首に吸い付いた。舌先でチロチロと転がされ、もう一方は指先で摘まんで……。 ゾクリと何かが背筋を舐め回した気がして、俺は息をつめる。 「はっ、ぁ……」 その時はその正体が快感だなんて知らなかった。 「お前が俺にイライラしてるのはわかってた。でも、なぜかはわからなかったんだ。話せよ。聞くから……だから、こんなこと……」 「やめてくれ?」 杏璃が乳首から顔を離して唇をぬぐう。杏璃の唇は唾液で艶かしく滑っていた。 「残念。やめないよ。なんでイライラしてるかって?兄貴が好きだからに決まってんだろ?兄貴が誰かを好きになるなんて許さない」 地雷はこれか!! 『兄貴、なんか雰囲気変わったね。彼女でもできた?』 『え?あ、ああ、彼女じゃないけど、いいなって思う()ならいるかな』 4月から同じサークルの()が可愛くて気になっていた。 そんな話をシャワーに行く前、杏璃に話したんだった。 杏璃が噛みつくようにキスをする。 すぐに唇を割って舌が入ってきた。 いやらしい音を立てて舌同士が絡み合う。 「兄貴がまだ誰ともシてなくてホッとしたよ。兄貴が家を出て行ってから、気が気じゃなかった。どんだけ、春に兄貴を抱いとけばいいと思ったか。だから、今回は逃さない。ちょうど、あの人たちは海外旅行で、一週間は帰って来ないしね」 そうだった。 杏璃があの人たちと呼ぶのは俺たちの実親だ。 俺が帰って来るのと入れ違いに両親は出かけて行ったんだった。 俺の貞操をピンチに晒して、海外旅行なんて恨むぜ母さん! 杏璃の手が今度はハーフパンツに忍び込んでくる。下着の上から脹らみに触られた。 キスされながら股間を揉まれる。 俺、ホントに杏璃にヤられるのか? * ピンポーン。 その時、家のチャイムが鳴った。 誰か来た! 俺はチャンスとばかりに杏璃の表情を窺う。杏璃はシカトする気なのかキスと股間を弄る手は止めない。 ピンポーン。 再びチャイムが鳴る。 「大樹(たいじゅ)、いるか~?帰ってんなら遊びに行こうぜ」 馬鹿デカイ声がリビングまで聞こえる。 昨年までバスケ部で一緒だった竹中だった。 竹中はけっこう俺にまとわりついてくるウザい奴だった。 今日帰省することは電話で言ったけど、遊ぶ約束まではしていない。 でも、ウザい竹中が神みたいに思えた。 ピンポーン。 「ああ、もう、うるさいな!」 気がそがれた杏璃が苛立って顔をあげた。 「あの人はホントに邪魔なんだから!」 玄関の方に目をやって、返す目で俺を捕らえる。 「静かにしてね。騒いだらただじゃおかない」 俺を睨む杏璃の気迫に気圧される。 何だよ、その脅し方。 言い返したかったけど、怖くて何も言えなかった。 杏璃は俺の上から身を退くと、リビングのドアを乱暴に閉めて出て行った。 * 「え~?大樹、調子悪いの~?」 よく響く声が俺の所にまで聞こえてくる。 応対している杏璃の声は聞こえないのに。 俺の体より、遊べないことが残念みたいな竹中の口ぶりだ。 「大樹、お大事に~」 ホントなら寝ているかもしれない俺に向かって、玄関先から大音量で呼びかける。 その後もやり取りはしばらく続いたみたいだけど、竹中はおとなしく退散したみたいだった。 「ああ、うるさいったら!」 足音も高く杏璃が戻ってくる。 竹中の登場は杏璃の怒りを最高潮にしたらしい。 帰って来るなりキッと俺を睨み付ける。 「ちょうどいい。場所、変えようか?」 杏璃は俺の体を起こすと命令するみたいに言った。 「兄貴、二階へ行って」 刃物を持って脅されてるわけじゃないのに、今の杏璃にはそれと同じくらいの迫力があった。 俺は杏璃に促されるまま階段をのぼり、杏璃の部屋へ連れて行かれた。 いきなりベッドに突き飛ばされる。 「痛てぇな!」 顔と肩をしたたか打ちつけて、俺もさすがに声を荒げる。 俺の必死の抗議も杏璃は意に介さないみたいだった。 「今を逃したら、一生後悔する。これから先、女であれ男であれ、兄貴が誰かのものになるなんて許せない」 何言ってんだ? 「女はともかく男でこんなことする奴、いねぇだろ」 「知らなかったの?竹中センパイも兄貴のことが好きだって。前から狙ってるって」 俺は呆気にとられる。 開いた口がふさがらないってこのことだ。 杏璃だけじゃない。竹中もなんて目眩がしそうだ。 『杏璃はヤバい。気をつけろ』 そう言ったのは誰だっけ? 確か竹中じゃなかったか。 言われた時は何のことか意味がわからなかったけど。 竹中はもしかして知っていたのかもしれない。 杏璃が俺を好きだって。 * 双丘を鷲掴みにされ、ぐっと左右に開かれた。 故意に暴かれでもしなければ、人前に曝すことのない部分。 「いい眺めだよ、兄貴」 じっと注がれる杏璃の視線を感じる。 「やだっ。見るなぁ……」 杏璃が舌舐めずりする音が聞こえる。 「まずは舐めてあげるね」 「やめっ……あっ、やだぁ……」 杏璃の吐息がかかり、ぬめった舌が触れた。 ぴちゃぴちゃと水音をたてながら、窄ったそこを暴くように舌が這い回る。 「んぁ……っ」 その感触にブルッと身震いする。 「いやッ、汚な……。やめ、ろ、よ……」 いくらシャワー直後だからって、そんな所まで丁寧に洗ったかなんて自信がない。 舌先に力がこもって、ヌプッと中に潜りこんでくる。 ぬらぬらと唾液に粘膜を濡らされた。 最初は嫌だたったはずなのに、次第に気持ちよくなってきて……。 「兄貴、ケツの穴がヒクヒクしてる。舐められて感じるの?」 「……んなこと、あるわけな……」 「ふぅん、そうなんだ」 「あっ……!」 ズッと舌とは違う何かが突き立てられた。 ビクンと腰が揺れた。 指が増えて戻ってくる。固く閉じた入口を蕩けさせるように。指は何かで濡れているみたいだった。 指は俺の中を押し広げて出入りを繰り返す。 「もう、勘弁しろよ……」 俺は泣き声になって杏璃に懇願する。 「兄貴が、綺麗なのが悪い」 綺麗? 俺が?綺麗の意味がわからない。 「綺麗だから、汚したくなるんだよ」 俺は見た目にもなよっとしたタイプじゃない。華奢で可愛くもないし。 中学の時からバスケで鍛えてきたし、どちらかといえば体型もガッチリした男くさいタイプだ。 「あっ、ああッ」 杏璃の指が肛内のある一点に触れた時、体が勝手にビクビクと跳ねた。 「兄貴のいいトコ見っけ」 「あ……なに?」 顔を捻って杏璃を見ると、杏璃が愉しそうに笑った。 「前立腺だよ。オトコの性感帯」 コリコリとそこだけを優しく撫でられる。 まるで愛撫するみたいに。 「ん、あっ……そこ、やだッ」 ビリッ、ビリッと電流みたいな快感が立て続けに走る。 「初めてだと痛いだけで感じない人もいるみたいだけど、兄貴は充分感じるみたいだね。勃ってるし」 杏璃の手がスルリと前に回りこんで俺のを握った瞬間、俺は杏璃の手に白濁を放ち、イッてしまっていた。 「前立腺を弄るとぺニスに触っただけでもイくらしいけど、ホントなんだ。そのうち、ここだけでイけるようにしてあげる。射精しなくても、頭が真っ白になるくらい気持ちイイらしいよ。でも、その前にコイツが兄貴の中に(はい)りたがってる」 指をゆっくりと引き抜いて、代わりに「コイツ 」が当てがわれる。 エアコンの効きが悪い杏璃の部屋。 暑いくらいなのに、体はガタガタと震えて冷たくなっていくようだった。 慣らしたそこに杏璃は何度も切っ先を擦り付ける。 今、まさに弟に犯されようとしている。 現実が受け入れられない。 受け入れられないのに――! 「兄貴……いや、大樹(たいじゅ)……。愛してるよ。俺のものになって……」 「待てッ、待てってば、杏璃……!」 無慈悲にも杏璃のぺニスが突き立てられた。 「あああぁぁ……!」 アナルを貫く圧倒的な存在感。 残酷で凶悪なそれが深々と潜りこんでくる。 悲鳴のように上がる声が自分のものじゃないみたいだ。 「力、抜いて……あに、き……!」 ズンッと音を立てそうな勢いで、更に奥まで。 「ローションたっぷりつけたから、けっこう簡単に挿ったね」 ハァッ、ハァッ……。 俺は体を硬直させたまま、獣みたいに荒い息を吐いていた。 痛みはほとんどなかったけど、圧迫感がものすごい。 俺に抵抗する気力はないと踏んだのか、このタイミングで、手首を拘束するベルトを解かれた。 「兄貴のココ、キツすぎ。俺のをきゅうきゅう締め付けてくる。こっちが先にイッちゃいそうだ」 一度引いた腰が勢いをつけて戻ってくる。 ざりっと尻に触れた陰毛が、杏璃のすべてを受け入れているのだと教えてくれる。 「あ、動くな……っ。抜けよぉ……」 杏璃が腰を進めるたび、杏璃の固くて大きいぺニスが、俺の奥深くを埋めつくしていく。 「兄貴も気持ちよくしてあげるね」 先端をグリグリと前立腺に擦りつけられて、息のつまるような快感が脹れあがった。 杏璃が本格的に抽送を開始する。 「アッ、アッ、アッ……アアッ――!」 激しく腰を打ちつけられ、パンッパンッと肌のぶつかる音がする。 何度も繰り返し最奥まで貫かれて。 イってる最中も突かれ続けて。 シーツは俺が漏らした精液で冷たく濡れていた。 「兄貴ッ、もう、イきそう。出すよ、兄貴のナカにっ」 「ナカ、嫌だッ、頼む……から、抜けよっ」 弟にイかされるなんて冗談じゃない。 ナカに出されたら、完全に杏璃のオンナにされるみたいで。 精一杯懇願したけど、杏璃は許してくれなかった。 「あっ、やだあぁぁ……ッ」 背筋をしならせ、快感で頭を真っ白にしながら。 俺も杏璃と一緒に昇りつめていた。 その日、体位を変えて杏璃に何度も犯された。 『兄貴のこと、抱き潰したい』 『兄貴が孕めばいいのにって思ってる』 杏璃の精液にまみれた体。 それを見下ろす切なそうな杏璃の顔。 『やっぱり綺麗だよ……兄貴……』 * 夜中、のどの乾きで目が覚めた。 間近に杏璃の顔があってドキッとする。 俺を抱き締めたまま眠る杏璃。 寝顔はあどけないのにな。 火種はあったのに、認めたくなかっただけだ。 本当は杏璃の気持ちに気づいてたんじゃないか。 俺の学年が上がって、中学から高校へ上がる時、杏璃は突然不安定になった。 俺が大学進学で家を出る昨年は、かなり荒れていた。 その原因が俺……。 一夜歳年下の杏璃は、俺がすることを何でもやりたがった。俺のあとをいつもついてきた。 異常なまでのブラコン。 そして、いつだって軽く俺を追い越していった。 俺が努力してできることも杏璃は軽々とこなす。 兄としての優越感に浸ったことなんて一度もない。 時に杏璃を疎ましく思いながら、俺は杏璃を突き放すことができなかった。 突き放せば壊れそうな杏璃がいて。 『杏璃はヤバい。気をつけろよ。まあ、お前のブラコンぶりもたいがいヤベェけどな』 竹中の言葉だ。 でも、杏璃が一線を越えてくるなんて。 やっぱり思ってなかったから。 男同士でも危ういのに、その相手が弟なんて、あまりに禁忌で背徳的だ。 ふいに寂しさが襲ってきた。 出かける前の母さんの言葉を思い出す。 『私たちが出かけるって知ったら、あの子ちょっと機嫌が良くなって。あなたが出て行くって決まってから特に気難しくなって。暴力振るうとかじゃないけど、怖いのよ。だから、杏璃のことお願いね、大樹』 そう頼まれていたが、旅行に出かけて行く母さんはやっぱりウキウキして楽しそうだった。 昨年は俺の受験があって自重してたけど、受験生なのに置いていかれる杏璃には同情する。 『俺のことは兄貴に任しときゃいいとか思ってるんだ。あの人たちは』 杏璃がいつか言っていた。 あの人たちと言うだけあって、杏璃は俺よりも両親をクールに見ていた気がする。 両親は時々俺たちを置いて二人で出かけた。 仲がいいのは悪いことだとは思わない。 でも、俺たちはいつだって……。 ああ、でも、今は何も考えたくない。 体は痛くてダルいから……。 * 「杏璃、何が食べたい?」 「兄貴」 振り返り、即答した杏璃を睨みつける。 「はあ?いい加減にしろよ」 言いながら俺を見る杏璃の視線にドキッとした。 「マジで俺が喰いたいのは兄貴だよ」 流し気味に俺を見上げる妙な色気を感じる気がして。 「俺を食ったって腹はふくれねぇだろ」 杏璃は昨日の狂暴さが嘘みたいに声をあげて笑っている。 「じゃあ、昼飯はチャーハンな」 俺は勝手にメニューを決め、まな板と包丁を取り出してニンジンを刻みはじめる。 俺もいい加減人がいい。 なんでコイツのために飯なんか作ってるんだろう? 相変わらず今日も暑いし、体はめちゃダルい。 夏はただでさえ火の側に寄りたくないのに。 「腰、大丈夫?」 いつの間にか後ろにきた杏璃が俺の腰に手を当てる。 軽く手が触れただけでビクッと飛び上がってしまった。 「さわんなっ。痛てぇよ」 腰もケツもなっ。 「ごめん」 杏璃は叱られた犬みたいにシュンとなっている。 「兄貴を見てたら止まんなくなって。兄貴を抱けると思うと嬉しかったのは本当だ」 「それ以上は言わなくていい」 手首にはくっきりと赤く縛られた痕が残っていたから、俺はリストバンドをはめていた。 ちょっと切なくなる。 懐いた飼い犬に手を噛まれるってこんな感じかな? 俺もたいがい甘い。甘いのはわかりきってるけど。 酷いことされても杏璃を嫌いになるなんてできなかった。 「二度目はないからな」 「約束はできない」 「はぁ?お前なっ」 杏璃がニヤリと笑う。 「兄貴だって悦かったんじゃないの?気持ちよさそうに喘いでたけど」 「黙れよ」 俺はピーマンのみじん切りに取りかかり、さりげなく話題を変えた。 「まあ、お前にも同情するよ。受験生なのに親は二人で旅行だなんて普通はないよな」 言いながら、ズキッと胸のあたりが疼いた。 「置いてかれて寂しいとか?」 「…………」 答えない杏璃に振り返ると、杏璃はなんとも複雑な顔をしていた。 「それは兄貴だろ?兄貴が寂しいんだろ」 「えっ?」 「小さい頃からそうだった。親が預けて出かけるたび、寂しそうな顔をして。だから、子供心に兄貴を守らなきゃって思ってたよ。早く大人になって兄貴を守んなきゃって」 俺は茫然と杏璃を見る。 たぶん、口が開いてるに違いない。 「兄貴がすることは何でも興味があったし、したかった。兄貴を追いかけて守りたい。兄貴のを守れる男にならなきゃって思ってたから」 杏璃から受け続けたプレッシャー。 それがまさか俺を守りたいだけだなんて。 「閉じ込めて誰の目にも触れさせたくない。俺だけのものにしたい。それが本音だ。でも、兄貴は俺の手で閉じ込めていい人間じゃない」 「杏璃……」 杏璃が本当に俺を想ってくれているのが伝わってくる。 胸の奥が熱くなった。 「俺たち何で分かれて生まれたんだろうな。なんで兄弟なんだよ?俺が兄貴で兄貴が俺で。いっそのこと同じ人間なら良かった!」 俺は包丁を置いてタオルで手を拭くと、杏璃の体を引き寄せて抱きしめた。 あ~あ、いつの間にか背も抜かれてたんだな。 そんなことを考えながら。 「俺はお前がいてくれて良かったって思ってる。俺とお前が一緒なら、お前を見てやれる奴がいなくなるだろ?」 杏璃は嬉しそうに笑った。 不意打ちのように唇が重なる。 俺は拒まなかった。 * 結局、俺たちはその後もセックスに興じた。 このままだと杏璃の心は壊れてしまいそうで。 俺も杏璃を受け止めたいって思ったのかもしれない。 「運命の人に出逢うのが早いか遅いかだけで。俺の場合は、男で兄貴だっただけだ」 俺の唇をむさぼりながら、息をつぐ合間に杏璃が囁く。 「兄貴以外の誰にも触れたいって思わない。」 同じ血。同じDNAを持つ者同士。 禁忌の交わりにゾクゾクくる。 兄弟という均衡を崩しても兄貴が欲しい。 戻れなくても構わないという杏璃の覚悟。 血も汗も涙も精液も。 ぐっちゃぐちゃにドロドロに交わって。 互いのすべてをむさぼり尽くすように。 快感にまみれ、肉欲に堕ちて。本能に突き動かされるまま。 俺だけを見ている。 杏璃の視線は、俺の心の渇きを満たしてくれる。 実直なひたむきさで。こんなにも無心に求められたことがあっただろうか。 脆さと危うさ。不器用さ。 痛いくらいの必死さが伝わってくるから。 どうしても憎めなかった。それどころか、可愛いとすら思ってしまう。 二人の関係を壊してもいいと言いながら、お互いが失なうことに何よりも怯えている。 結局、杏璃に甘い。 そして杏璃をなくして困るのはたぶん俺のほうだ。 杏璃を必要なのは、俺のほうだ。 俺だけを見ている。 焼かれるように熱い視線。 肌に食い込む意志のある視線。 その熱に溺れてしまいそうだ。 二人きりで過ごす最後の夜、俺ははじめて自分からキスをした。 俺は杏璃の賭けに負けたんだ。 兄貴なら俺を裏切らない。 その賭けに。 「杏璃、いてくれてありがとう」 気づけばつぶやいていた。 「大樹、愛してる」 杏璃の唇が俺の唇にむしゃぶりついてきた。 熱いくせに。 密着した杏璃の体温に、なぜかほっと癒される。 自然と愛しさが沸き上がってきて、俺は驚いた。 兄としての愛しさなのか、恋人によせるそれなのかはわからない。 けど、わからなくて構わないと思った。 少なくとも気を許してない相手には抱かない感情だ。 「ホントに綺麗で喰いたいよ。俺の兄貴……」 かぷっと俺の肩を甘噛みして杏璃がつぶやいた。 あれから八年が経った。 俺たちは互いに就職して社会人になっていた。 お互いプログラマーの経験を経て、今はシステムエンジニアとして同じ職場で働いている。 毎日に忙殺されながらも、俺たちの関係は密やかに続いていた。 いずれは独立して、俺たちだけの会社を立ち上げるのが夢だ。 「今日も暑ちぃな。この部屋、エアコンの効き悪いだろ?」 「兄貴、あとどれくらい?もうちょっとでそっち手伝えそうだから」 「悪いな」 「……その前に、元気チャージさせて」 23時を過ぎて残っているのは俺と杏璃だけだ。 杏璃が俺の側に来て、俺を見つめながら顔を寄せる。 窓の外には美しい夜景が広がる。 それをバックに俺たちは唇を重ねた。 汗がじっとりと滲んで、肌も呼吸も息苦しくなるような熱帯夜の夜には、特に思い出す。 始まりの夏。あの夜のことを。 堕ちていけばいい。 甘い深淵に。 二人だけの檻の中に。

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