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◇
空が青い。
12月の冷たい空気が肌に突き刺さる。靴は履いたまま、俺は目の前のフェンスを登った。
穴が小さくて男の俺の足じゃ引っ掛けづらい。不安定な足場を補うために腕の力を振り絞り、それでもなんとか上を目指す。フェンスの向こう側に足場は数センチしかないから、ゴールはてっぺんだ。
終盤は俺を拒むように内側に反り返っている。有刺鉄線が張り巡らせてるとかなら諦めたかもしれないがただ曲がっているだけだ、ちょろい。
無理矢理それを掴んで、俺は上を……フェンスの向こうを目指した。飛び出た金網の先端が俺の手を裂いて血が流れたけど気にしていられない。
だってもうすぐ。もうすぐだ。
一番上に登り着いて、反ったところに座る。フェンスは俺の体重でわずかにひしゃげた。
身体は屋上側に向けたまま真上を向いてさっきよりも近くなった空を見つめる。
綺麗だ。
雲ひとつない。この突き抜けるような青空が好き。
特別理由なんかない。好きだから好きなだけ。
その青へ飛び込むことは出来ないけれど、最期まで目に焼き付けることは出来るはずだ。このまま後ろに倒れて、自然の力に身を預けて風に泳ぐ。
青空を見上げたまま、見守ってもらいながら。後頭部をかち割ろう。
「ねー!何してんのあんた」
誰もいないはずの屋上に唐突に俺じゃない人間の声が響き咄嗟にそっちを向いた。
フェンスから数メートル後ろに建つ給水塔。今の俺のなかなか高い目線とほぼ同じところにあるでかい給水タンク。そのすぐ傍に男子生徒が立っていた。
ま、誰だか知らないしどうでもいいか。
「……飛び降りる」
「マジー?本気?」
「本気。見たくないなら出てってよ」
「あら、つーかあんたアレじゃん。1組のシオちゃん?」
「……だったら何」
シオちゃん。俺のあだ名。
汐入 だから汐ちゃん。ついでに塩対応の塩ちゃん。
シオちゃんはかっこよくて背が高くて勉強も運動も出来る。なのにちやほやする女の子には塩対応。だからって男と親しくつるんでるわけでもない。
シオちゃんは「一匹狼でクール」。それがシオちゃんという人間像らしい。
こんなときまでシオちゃんである己の不運を呪い俺は舌打ちをした。
「えー、じゃあ混ぜて」
「ハァ!?」
せっかく視界を美しい青空に戻したのにまた奴を見るハメになった。
当の本人は俺を見つめニコニコしてる。
何こいつ。きっしょ。
「お前アタマおかしいんじゃない?」
「とりあえずー、そっち行くからあー」
「は!?なんなの!?」
「大丈夫!俺走り幅跳び6メートル93!」
「意味わかんな…!ちょ、嘘!待っ……!」
静止をかける前に、奴はもうその場から踏み切っていた。
そいつは空中に浮いた。
俺に向かって腕を伸ばし、俺に向かって跳んできた。
「……っ!」
届くわけねーだろと馬鹿にしたのに、奴は案外近くまで迫っている。
さっきと変わらない笑顔で俺を見ていた。
そんなつもりまるでなかったのに、気付けば俺も腕を伸ばしていた。そして。
――俺が目を閉じた瞬間に、鈍い音が鳴った。
身体のどこから着地したんだかわかんないけど間違いなく足では無さそう。
2メートル弱くらいは落ちたかな。屋上から落ちる予定の俺に比べたら全然だがそれでも痛そうな音がした。
「い、…っでー!!」
「……」
「なんだよもー!シオちゃん!ちゃんと抱きとめてよー!いでえー!」
無様に屋上の床に転がって喚いてる奴は放っておいて俺は自分の手を見つめた。
さっき間違いなく、指の先に何か触れた。
それが何かなんてわかっている。……忌々しい奴だ。
「あははは!あーマジいってー!」
こいつやっぱり脳の作りがイカれている。
頰に擦り傷を作って奴は楽しそうに痛い痛いと騒ぎつつけらけら笑い転げている。
俺は空から屋上に向き直った。
そのまま床へと飛び降りる。こいつとは真逆にきちんと足から着地した。
奴の隣を歩いてスルー。今日はもう帰ろう。
「あら、シオちゃん飛び降りないの?」
「萎えたんだよ」
「普通萎えてるから自殺するんじゃないの?」
「……」
「死なないの?」
「……死んでほしいわけ?」
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